『カミュなんて知らない』
【1月13日特記】 WOWOWから録画しておいた『カミュなんて知らない』を観た。2006年のキネマ旬報ベストテンの発表があった翌日に、第10位に選ばれたこの映画の放送があるなんて何というタイミングの良さだろう。
もともと寡作な監督とは言え、僕が観たことがあるのは『さらば愛しき大地』と『チャイナシャドー』だけだから、僕としては実に16年半ぶりの柳町光男作品である。
もう随分前の事件だが、理由もなく他人の家に侵入して老婆を刺し殺した高校生がいた。新聞やTVも大きく取り上げた記憶がある。
僕は映画館でこの映画の予告編を見た時、勝手にその事件の映画化だと思ってしまったのだが実はそうではなく、学内の“映像ワークショップ”でこの事件を映画化する大学生たちの話だった。
冒頭、大学のキャンパスに助監督の前田愛が入ってくる。携帯での台詞のやり取りで彼らの現状を手短に観客に伝える。そこに監督の柏原収史がやってきて前田愛と話す。途中で前田は柏原の恋人の吉川ひなのがいることに気づき、それとなく席を外す。吉川が柏原に迫る。最初の2つの台詞だけで吉川がどんな女なのかはっきり分かる(『アデルの恋』のアデルだ)。
こういう冴えた台詞が、映画の終わりまで一瞬たりとも途切れることなく続く。聞いていて唸りたくなるような脚本である。
やがてカメラがパンして別の登場人物を捉える。僕はその頃に漸く「あ、そういえばまだ1回もカットが変わっていないぞ」と気づいたのだが、それと同時に画面では登場人物の学生たちが長回しで有名な映画をあげつらっている。いやいや、この辺の遊びは面白いねえ。
恐らく映画の中のいたるところに過去の名作からの引用がある。恐らく僕はその10分の1も分かっていない。
不条理殺人事件を劇中劇として、その事件を映画化する学生たちの取り組みと日常生活を周りに配するという2重構造も見事ながら、全編に亘って研ぎ澄まされた台詞、そして綿密にデザインされた、惚れ惚れするようなカメラ・ワーク──さすがにキネ旬10位だけのことはあると大いに納得してしまった。
ちなみに撮影は藤澤順一。僕が観た映画では『空中庭園』を撮った人だ。
前田愛が非常に良い。そして、元映画監督で現在はこの大学の教授であるくたびれた中年男を演じた本田博太郎、主演男優役の中泉英雄、プレイボーイの監督役の柏原収史、彼にまとわりつく“アデル”吉川ひなの、スクリプター役のたかだゆうこ、35歳の大学生・田口トモロヲ、中條教授が憧れて『ベニスに死す』みたいにつけまわす女学生・黒木メイサ──と、これだけ出演者が多い中、みんながみんな非常に良い演技をしている。
映画の筋や仕掛けについてはここには書かないが、途中全くダレることなく息をもつかせない台本である。虚構と現実を綯い交ぜにさせる見事な構成で、見終わった後の余韻が非常に大きい。エンディングも凄かった。
捉えきれないものを描こうとしている意欲作である。僕は常にこういう作品を推したい。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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