『風が強く吹いている』三浦しをん(書評)
【1月12日特記】 これはマンガである。いや、マンガであるというのは別に貶し言葉ではない。かと言って褒め言葉でもない。
「小説なんてろくに読んだことないけど、こんな大著読めるかなあ」と心配な人でも、マンガが好きだったらすんなり読了できるのではないかと思う。胸に手を当ててじっと考えてみて、もしもあなたがマンガを小説よりも1ランク低いものと見做しているフシがあるなら、この小説には手を出さないほうが良いかもしれない。
部員がギリギリの10人しかいない、しかも陸上競技では全く無名の寛政大学の急造陸上部が箱根駅伝に出場する物語である。
10人全員がずぶの素人じゃ真実味がないので、1人くらいずば抜けて速いランナーが必要である。それが蔵原走(くらはらかける)である。この名前の付け方がまさにマンガである。走は高校時代は有名選手であったがイザコザを起こして退部してしまう。
名だたる他大学に伍するためには他にも一流選手が必要となる。それが清瀬灰二、通称ハイジだ。住む所もなかった走をハイジが見つけて竹青荘というボロ・アパートに連れてきたところから話は始まる。ここに下宿する10人を寄せ集めて、ハイジの夢であった箱根出場を実現しようとする。
そのハイジが実質的な監督である。全員の性格性癖を見事に把握して巧みに選手たちを駆り立てて、実力以上のものを引き出してしまう。そこがこの物語で一番面白いところだ。
次にニコちゃんという陸上経験者。ただし、元々陸上に不向きな骨太である上に、二浪二留と煙草の吸い過ぎで体はガタガタになっているという想定にして、走・ハイジという経験者とは差をつけている。
他は陸上未経験者なのだが、「実は全員に素晴らしい潜在能力がありました」というのでは面白くない。そこで運動音痴の王子というキャラが配置されている。マンガばかり読んでるという設定にしてあるのだがアキバ系だとイメージ的に駅伝と遠すぎるからか、オタク風の人物にはなっていない。むしろオタク風に描かれるのは、TVのクイズ番組マニアのキングである。ちなみに彼は元サッカー部。
それから、秀才キャラもいたほうが面白い。それがユキ。なんと在学中に司法試験に合格してしまった。走法を習得するのも理詰めである。彼は元剣道部。重心が低い。山下り要員である。
それから神童。田舎の山道を往復10キロ歩いて通学していた。こっちは山登り要員。
そして、箱根駅伝と言えばやっぱりアフリカ系の留学生。それがムサ。ただし、無名の大学にアスリートが留学してくる訳がないので、陸上競技とは無縁の国費留学生ということになっている。ムサは言う。「黒人は足が速いというのは偏見です」。しかし、読者は秘められた潜在能力に期待してしまう。
そして最後にジョータとジョージの双子。これは宗兄弟からの連想もあるだろうが、僕が思い出したのはドカベンの中学時代の三つ子の外野手──協力し合うことによる相乗効果。
原稿に字数制限があるので細かく書かないが、当然他校のライバルも必要だし、恋のひとつも描きたい、とぼけたキャラも必要ということでそういう登場人物も据えられている。
時々「それじゃあんまり話が単純すぎないか?」と思うこともあるのだが、それら全てが言ってみればマンガの描き方、あるいはTVの青春ドラマの手法なのである。逆に、走っている人間の心の内を描くという点では、マンガやTVのような画像・映像系ではなし得ない、活字ならではの特徴が活きてくる。
結構面白い。話の落ち着きどころもなかなか的確なラインで、ちゃんと読み終わったあとに解放感もある。自分までなんか走れそうな気がしてくるから不思議だ。
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