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Sunday, November 26, 2006

体感温度の個人差に関する仮説

【11月26日特記】 だんだん寒くなってきた。僕は暑さには定評がある(と自分で言っている)が、寒さには弱い。

ところが、世の中には冬の寒さより夏の暑さのほうが苦手だという人もたくさんいて、決まってこんなことを言う。

寒い時にはいくらでも上に着れば良いじゃないですか。
でも、暑い時は裸になってしまうとそれ以上脱ぎようがない。

僕はこの論にはどうも共感を覚えないのである。本気でそんなこと言ってんの?っちゅう感じ。

ちょっと理屈が勝ちすぎちゃいないか?
しかも、それは空論ではないか?

寒い時にはいくらでも上に着れば良いと言うが、そこには自ずから限界がある。だいいち、いくら重ね着してもちっとも暖かくはならない。寒さが少しはマシになる程度で、身体の芯は冷えたままだ。

身体の芯から温めるためには、入浴するか運動するかしかない。しかし、四六時中入浴/運動するわけにも行かないのだ。

だからと言ってたくさん着ても単に動きにくくなるだけで、機能性の面から見ても恰好の面から見てもこれ以上は着られないというポイントがある。そして、前述の通り、そのポイントに達したからと言って暖かくなったかと言えば(少なくとも僕にとっては)そうではない。

結局のところ寒さを凌ぐには暖房に頼るしかないのである。これは、結局のところ暑さを凌ぐには冷房に頼るしかないのと同じであり、両者の関係はイーブンである。

なのに、人によって熱さが苦手だったり寒さが苦手だったりするのは、体感温度の個人差でしかない──というまことにつまらない結論しか残らないのである。

僕は少々暑くても平気である。一方、寒いのは好きじゃない。夏の冷房でさえ基本的には好きではない。

で、僕と逆のことを言う人がいると、最近僕は必ず訊いてみる──その人が夏生まれなのか冬生まれなのか。

とりたてて寒さが苦手と言う人は夏生まれ、暑さが苦手だと言う人は冬生まれ──これは僕の仮説なのだが結構当たっているように思う。

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