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Sunday, November 05, 2006

女性の見方、男性の見方

【11月5日特記】 時として男性は女性に「女性を性の対象としてしか見ていない」と非難され、不意打ちを食らわされることがある。

うーん、困った。だって、男性にとって女性は常に性の対象なのだ。全ての女性がいつ何どきでも性の対象であると言っても過言ではない。それが男性の生理なのではないだろうか。

もちろん、だからと言って男性は隙さえあればあらゆる女性に襲い掛かろうと身構えている訳ではない。

でも、性欲(という単語で乱暴にまとめてしまって良いかどうか判らないが)は常にそこにある。ただ、不用意にそれが顔を覗かせないように周到に蓋をしているのである(それが男性の理性なのではないだろうか)。

僕は女性ではないので単に想像するだけだが、女性の性欲は常にそこにはないのではないだろうか?(ま、男性と女性に二分してものごとを捉えてしまうのも随分危険なことだけど、もう少しこのまま議論を進めることにする)

それは何かをきっかけに出現したり、何かを境にスイッチが入ったりするのではないだろうか?

つまり逆に言えば、何かのきっかけが起きる前や何かの境を越える前にはそういうものは稼動してもいないし存在もしていない。

男性の生理はもっと境界線が曖昧だし、常に川底の泥みたいにどこかに常駐しているような気がする。

だから、「女性を性の対象としてしか見ていない」という非難は、単に性に対する女性的な(つまり一面的な)見方でしかないのではないかという気がするのである。

もっとも、この何百年か何千年か、世界は常に男性的な見方で物事を決めてきた。それを思うと今後折りに触れて女性的な見方で物事に対処するのも良いかな、などと考えるのである。

先日会社でセクハラ研修(eラーニング)を受けてみて、ふとそんなことを思った。

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