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Sunday, October 22, 2006

映画『薬指の標本』

【10月22日特記】 映画『薬指の標本』を観てきた。

小川洋子の作品にそういう小説があることも、それがフランスで翻訳されていることも、そしてフランス人の監督によって映画化されたことも知らなかったのだが、朝日新聞の映画評を読んで公開を心待ちにしていた。

初めて行く映画館、なんばの敷島シネポップ。
東京時代の感覚で言えば、西荻窪の家から(普段行く新宿・渋谷の映画館ではなく)銀座のシネスイッチかシネパトスまで足を運んだ感じ。

20分前に入ったら客は僕独り。上映直前にかろうじて20人の大台に載せたが、これでこの回の映画館の売上げは¥36,000。うち半分の¥18,000が映画館の取り分となるわけだが、これでは商売は成り立たないだろう(上映2日目の日曜日である)。

この手の映画に客が来ないというのは、ちょっと淋しい気がする。

原作の舞台はもちろん日本で、登場人物も日本人である。
サイダー工場で働いている「わたし」は割れた瓶で薬指の先を切り落としてしまう。それをきっかけに工場を辞めた「わたし」は標本技師・弟子丸のもとで働くようになる──映画では「わたし」が「イリス」に、「弟子丸」が名の判らないフランス人技師になっている。

標本室と言っても、作るのは動物の標本とは限らない。キノコ、音楽から麻雀牌、やけどの跡に至るまで、「思い」を断ち切るために顧客が持ち込むものを技師は悉く標本にする。

原作を映画化する場合、監督は原作の小説に対する読解力を試されることになる。
部分をどうアレンジするか、ではなく、全体をどう再構築するかが問われるのである。
全体を全体のまま、全体として捉えられているかどうかが試されるのである。

果たして今回の映画を見た小川洋子は「監督はいつどんなふうにして、私の頭の中だけにあった標本室を見たのだろうか、と不思議な気持(ママ)に陥った」と書いている。

そういう意味では、監督・脚本を担当したディアーヌ・ベルトランという人(何者なのか全然知らなかったけど、ジャン・ピエール・ジュネ監督の助監督を務めた経験があるそうな)は文句なしの及第点を取れたと言って良いのだろう。

監督がオリジナルに入れ込んだ登場人物やシーンや設定も少なくないのだが、それに対しても小川洋子は「私が見ていなかった風景は、こうだったのね、とそそられました」とまで語っている。

ここまで言ってもらえると、もう完全に作品を共有したと言える。

カット割りが細かい。横から上から下から、寄ってみたり引いてみたり。そして密室の中で繰り広げられる男と女の隠微なシーンに比べて、アウトドアに出たときの構図が爽やかでとても深いところ(抽象的な意味ではなく、奥行きがあるということ)が印象的だった。

映画が終わって灯りが点いた瞬間に20人の観客がざわつく。

あれはどう解釈すれば良いのか、というような議論が始まっているのである。確かに象徴的なラストである。

ただ、僕らは部分の意味づけに汲々となるべきではない。僕ら観客もまた、全体を全体のまま捉えることができるかどうかを試されているのだから。

とても印象的な作品だった。

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