『日本語の歴史』山口仲美(書評)
【9月14日特記】 以前他の書評に書いたのだが、本の中味を読む前に目次を読んでおくと随分理解の助けになる。そのために目次はいつも冒頭に配されているのである。一方、巻末にある「あとがき」は、大抵は本を読み終わってから読むべきものであって、場合によっては先に読まないほうが良いことさえある。ところが、この本の中味は著者自身の「あとがき」に非常に簡潔にまとめられているので先にこれを紹介しておこう。
この本は日本語の歴史を振り返って「奈良時代は文字を中心に、平安時代は文章を中心に、鎌倉・室町時代は文法を中心に、江戸時代は音韻と語彙を中心に、明治以降は、話し言葉と書き言葉という問題を中心に」「できる限り現象の起こった原因にまで思いを及ぼして」書かれたものである。
日本語ブームに乗っかって安易に書き散らされたものは読みたくない、かといって専門書に手を出すほどの気力も能力もない、でも日本語にとても興味がある──そういう人に打ってつけの本である。学者が書いた文章であるにも拘らず高卒程度の古典の知識があれば充分理解できる内容になっている。
平安時代にはしっかり定着していた「係り結び」が鎌倉・室町時代に入ってだんだん乱れた挙句消えて行く。
その裏には動詞の終止形が連体形と同じ形になってくるという現象がある。これは考えれば解るように(著者はそこまで詳しく書いていないが)、つまりは四段活用の五段活用化であり上二段(下二段)活用の上一段(下一段)活用化であり、つまりは現代語化である。連体形が終止形と同一になってしまうことによって、必然的に「ぞ・なむ・や・か+連体形」は消えて行くのである。
そして、係り結びが廃れたもうひとつの背景としては、主語を表す格助詞「が」が多用されるようになったことによって、係助詞「ぞ・なむ・や・か・こそ」が入りにくくなったということもある。
一方、「が」の登場と機を一にして、前後の文同士の関係を表す接続詞も多用されるようになる。これらはつまり日本語の論理性向上の証でもある。
──この係り結びを巡る下りを読んだだけでも目から鱗であり、非常に説得力がある。
さて、上に私が引いた例を読んで、「『ぞ・なむ・や・か+連体形』が廃れたことは解ったけれど、じゃあ『こそ+已然形』はどうなったんだろう?」と思われた方はおられるだろうか?
そういう人こそこの本を読むべきである。非常に面白いことは請け合う。
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