『どこにもない国』柴田元幸編訳(書評)
【8月22日特記】 柴田元幸による幻想小説集である。
幻想小説と言っても範囲はかなり広いと思うが、ここに収められている小説の多くは、しっかりとした現実社会が構成されていてその中でそれにそぐわない幻想的な出来事が起こる、というタイプではない。
舞台となっている世界自体が微妙に歪んでいるのである。読んでいて頭が結構クラクラした。
レベッカ・ブラウンやスティーヴン・ミルハウザー、ニコルソン・ベイカーと言った現代文学でおなじみの作家もいるが、この中でとりわけ面白かったのはジョイス・キャロル・オーツの『どこへ行くの、どこ行ってたの?』である。この怖さはちょっと説明し難い。
暴力に対する恐怖感が語られるのであるが、何も起こらないうちに物語りは終わる。何も起こらないのに、いや何も起こらないうちに終わるからなおさら怖い。恐らくここに収められた小説の中では構成が一番はっきりしていて解りやすい作品だろう。
続いて印象的なのは最後に収められたケリー・リンクの『ザ・ホルトラク』。現実世界から見ると支離滅裂で何のことやらさっぱり解らないのだが、ともかく「死」の匂いがぷんぷんしてそこはかとなく恐ろしい。
恐ろしいという意味では冒頭のエリック・マコーマックの『地下道の査察』も。これは映画を見ているように映像が浮んでくる。この不思議な設定が完全に飲み込めた頃には小説は終わってしまうのだが、狂気と諦観が入り混じったような怖さがある。
冒頭に挙げた3人の巨匠たちの作品はさすがに物語としての安定性がある。読んでいる途中で飽きさせず、しかも茫洋たる余韻がある。
ミルハウザーの『雪人間』は少年小説としての堂々たる貫禄があるし、ブラウンの『魔法』は(彼女自身がカムアウトしているせいもあるが)一種のレズビアン小説とも読める。そして、ベイカーの『下層土』は「世にも奇妙な物語」になりそうなテレビ番組的なまとまり方をしていてとても面白い。
1960年代から現代までの北米および豪州の作家を集めたアンソロジーであるが、9つの物語に共通して流れる一貫したトーンが感じられるところが不思議だ。柴田のこなれた日本語訳の力はもちろんだが、これらの作品の選定こそがこの小説集のキモであると言える。
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