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Sunday, July 09, 2006

映画『ゆれる』

【7月9日特記】 昨夜、映画『ゆれる』を観てきた。これが多分今回の東京生活で観る最後の映画になるだろう。

『蛇イチゴ』の西川美和監督である。あの映画も宮迫博之とつみきみほの兄妹を扱ったものだったが、この映画では香川照之とオダギリジョーの兄弟。さらにそこにその兄弟の父である伊武雅刀とその兄・蟹江敬三の確執まで被ってくる。

先週観た『花よりもなほ』の是枝監督に続いてテレビマンユニオンの監督。前評判が異常に高くて、オダギリがユニオンの誰かに「これは良いよ」と語ったという裏話(本当かどうかは知らないが)まで伝わってきて期待は高まる一方。

そして映画を見終わって、演技力って一体何なんだろうと思った。

本来役者に備わっている演技力というものがある。
それを導く演出の力もある。
でも、結局のところ、それをどこまで引き出すことができるかは根源的に脚本の出来不出来にかかっているのではないかという気がした。

それほど素晴らしい、それほど心の奥深いところまで切り込んだダイアローグであり、ストーリーであり、潜在能力の高い脚本だった。

オダギリジョーも香川照之も、真木よう子も、伊武雅刀も蟹江敬三も、新井浩文も木村祐一も、みんながみんな目を瞠るような演技だった。我を忘れて身を乗り出して見てしまった。絶句した。

稔(香川照之)と猛(「たける」、オダギリジョー)の兄弟。

稔は山梨県の片田舎の、父親(伊武雅刀)が経営するガソリン・スタンドで働く。面倒見が良くて、真面目で実直で、世間的にも評判が良い。ただ、女に持てるタイプではない。ちょっと事なかれ主義の面もある。

弟の猛は常に世間に逆らうような素振りを見せ、東京に出て今やいっぱしのカメラマンとして裕福に暮している。

稔は同じスタンドで働く智恵子(真木よう子)に気がある。智恵子は稔と猛の幼馴染であり、猛とは昔関係があったように見える。兄の稔はそんなことは知らない。

母の法事で帰省した猛が、兄の気持ちに気づきながら智恵子を誘う。2人は寝る。智恵子は稔に対してもまんざらでもなかったはずだが、それをきっかけに弟の猛に、そして猛が暮す都会での生活に強く惹かれて行く。

翌日、3人で風光明媚な渓谷に行く。吊り橋の上で稔と揉み合いになった後、智恵子が転落する。先に橋を渡っていた猛はその時吊り橋が見える場所にいた。

映画の観客は稔が智恵子を突き落としたと思い、猛がその一部始終を目撃したと思ってしまうのだが、よく考えてみたら、最初のシーンでは智恵子が落ちる瞬間は描かれていないし、その瞬間を猛が見ていたかどうかも定かではない。そこがミソだ。

そもそもが高所恐怖症の稔は、その場にへたりこんでブルブル震えるまま動けない。猛が戻って駆け寄る。警察が来る。夜になって死体発見の連絡が入る。単なる事故として処理されそうな感じであったのに、突然稔が自白して逮捕され、裁判が始まる。兄弟の伯父である弁護士(蟹江敬三)が弁護を担当する。

最後の公判で猛が証言台に立って語り出すどんでん返しがクライマックスで、そのシーンで映画が終わるのかと思っていたら、バッサリと打ち切られて、話はもっと後に飛んでしまう。

兄弟の揺れる心のうちを描いた映画である。
まずタイトルバックで水面が揺れる。
映画の中でも際立った見せ場である面会室でガラス越しに兄弟が対峙するシーンでは、それを映し出すハンディ・カメラが微妙に揺れる。
猛の家のドアを閉める衝撃で現像液が揺れて漣が立つ。
庭のブランコが揺れる・・・。

始まってすぐの法事のシーンで、倒れたお銚子から稔のズボンにポタポタと垂れる雫──凄い画だった。

トンネルの中を走る車。等間隔に並んだライトの下を通るたびに、助手席に座った智恵子の顔が横のガラスに映る。

面会室のガラス越しに捉えられた稔の顔。後頭部しか撮られていないのに、ガラスに映って見える猛の表情。

ストーリーだけではなく映像的にも絶句させられた。

人間の美しいところとか醜いところとか、もうそういう次元ではなく、美しいも醜いも関係なく全てが剥き出しになる。痛々しいほど剥き出しになる。

「結局は良い人でした。はい、ハッピーエンド」みたいな映画ではない。人間は良い人と悪い人という風に簡単に割り切れるものではなく、生きている限り結末はない。それは続いて行く。続いて行くしかない。

これほど凄みのある映画は『いつか読書する日』以来である。

物凄い余韻を残して映画はバッサリと打ち切られ、スタッフロールが流れる。ありきたりのブラック・ベースに名前の羅列。この後、新たなシーンがあるとは思えない。
──それでも今席を立てる奴なんている訳ないよな、と思った瞬間に、隣に座っていた2人連れの女性が席を立った。愕然とした。僕は灯りが点いた後もまだ立てなかった。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

ぶらぶら..ぶろぐ
ソウウツおかげでFLASHBACK現象
Badlands〜映画・演劇・音楽レビュー〜
本日も天真爛漫
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Comments

単身赴任お疲れ様でした。
僕も単なる備忘録としてはじめたブログでしたが、
今では最も時間を割く趣味として、
むしろブログに振り回されたりしてます。

倒れたお銚子から垂れる酒がズボンにしみこむ。
ただそれだけのこと、しかしそこに焦点を当てて、
稔、また猛と勇の関係性や人となりを表現してしまって、
いやはや何ともすごいです。

Posted by: 現象 | Monday, July 10, 2006 06:03

> 現象さん

どうも。時々ブログ拝見してます。
あのお銚子のシーンがこの映画で最初にハッとした瞬間でした。あの感性! なんとも言い表せないですよね。うまく分析もできない。でも、なんか心にグサッと来るんですよね。

同じこと感じてくれてる人がいて良かった。今後ともよろしくお願いします。

Posted by: yama_eigh | Tuesday, July 11, 2006 01:44

yama_eigh 様
TB返しありがとうございました。
本当に西川監督、素晴らしい才能だと思いました。感服…。
お銚子のシーン怖かった。(ゾゾっと心臓の裏側なぜられたみたいな)
あと、「猛くんが嫌いなのって、しいたけだよね?」って何気ないセリフ
怖かった。というか男性は怖いだろうな、と。
女なら昔の男にふっといいそうだけど、言っちゃあかんなとしみじみ。笑

Posted by: ok | Tuesday, July 11, 2006 10:35

>人間は良い人と悪い人という風に簡単に割り切れるものではなく、生きている限り結末はない

おっしゃるように、すっきりしない結末が圧巻でした。
ラストの解釈をどうするか、いろいろ話せる作品ですね。
所属する映画グループでも、大変盛り上がりました。

TBに感謝!

Posted by: マダムクニコ | Tuesday, September 19, 2006 16:01

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