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Sunday, June 11, 2006

映画『初恋』

【6月11日特記】 昨日、映画『初恋』を観てきた(『やわらかい生活』とハシゴ)。

あの思わせぶりな予告編。後姿の宮﨑あおいがヘルメットを脱ぐと曲線を描きながらするりと降りてくる長い黒髪。──世の中には予告編が全てだったという映画も少なくない。この映画もひょっとしたらそうかも、と大変強い警戒心を持って見に行ったのだが、思ったほどひどくはなかった。ただ、その手の映画のひとつであることは認めなければならないのかもしれない。

Newspaper2 3億円事件のことはみんな知っている。僕のようにリアルタイムで報道を目にした人もいれば、後から知ったもう少し下の世代、それからこの映画の宣伝を通じて初めて知った若い世代もいるだろう。いずれにしても、この映画の観客の大部分は3億円がどのようにして騙し取られようとしたのかを知っているし、それが成功したことも知っている。

そして、このストーリーのキモは犯人が女子高生であったという奇想天外な設定なのであるが、宮﨑あおいが主演であるということで、あるいは映画の予告編を見て、そのことも事前に知っているのである。

この2つのことを既知の事実としてスタートするということは、つまり最初からネタバレの展開みたいなもんで、そんな中で映画をクライマックスに導くのは至難の業ではないか?

もちろん、実行犯であるみすず(宮﨑あおい)に裏で指示を与えていた主犯格の東大生・岸(小出恵介)が何のために、何を思って、3億円を奪った後何をしようとしてそんなことを計画したのかという、映画における第3の軸を設定していることは評価できる。でも、残念ながらそれだけでは弱いのである。

映画は60年代っぽいダサダサの髪型の宮﨑あおいのアップで始まる。──ああ、巧くないなあ、と思う。僕ならこのシーンで映画を始めたりはしない。──単なる印象でしかないのだが、とは言え冒頭からそんな印象を持ってしまうとは何だか不吉な予感。

そのファースト・シーンにかぶるナレーション「心の傷に時効はないから」も良くない。このナレーションはラストにも出てくるので、監督はかなり気に入っているのだろう。しかし、僕は気に入らない。心の傷であれ、肉体の傷であれ、傷というものに時効があるかないかを云々すること自体がおかしい。言葉の使い方が間違っているのである。

時効というのは働いた悪事や不祥事に対して成立するものである。どうしても傷という言葉とセットで使いたいのであれば、「他人を傷つけたことに対する時効はないから」とでも言うべきであって、受動的な響きのある「傷」という言葉とはあまりに相性が悪過ぎる言葉だと思う。

映画は1966年から始まり、年が改まるたびに年号が出るのだが、この1966年の宮﨑あおいが良くない。60年代の16歳のみすずをどのように描こうとしたのかは理解できないが、非常に固くて演技過剰である。彼女の普段の自然な演技は影も形もないし、普段の自然な可愛さも映し出されていない。監督の演技指導なのか、本人の判断なのか、あるいはカメラマンの力不足なのか、しかし、いずれにしてもこれは失敗である。

それが次第にこなれてきて、68年になると普段の宮﨑あおいに近づいてくる。ほんで、宮﨑あおいの実兄であり、この映画でも実の兄役を演じている宮﨑将が非常に存在感がある。『EUREKA ユリイカ』『理由』以来の共演ではないかと思うのだが、暫く見ないうちに男っぽさを増して良い俳優になったね。

ま、いずれにしてもちょっと消化不良感の残る映画。主たる原因は監督を含む3人がかりで手がけた脚本ではないかと思う。時々芝居がかった台詞に反感を覚えた。

クライマックスのシーンに大音量の音楽を持ってくる安っぽさも感心しなかった。

ただ、1968年をリアルタイムで生きてきたかどうか、その時何歳で何をしていたかによっても受け取る印象はかなり異なるのかもしれない。時代の再現に関してはかなりの労力を注いだようだ。

公開初日の今日、新宿武蔵野館には、1968年には生まれていなかったか、あるいは生まれてはいたが何も憶えていないかの若い観客が大勢詰め掛けて、毎回立ち見が出たようである。

僕は小学生だったが、この事件には鮮烈な印象が残っている。同じく小学生であったドキュメンタリストの森達也がパンフにこんなことを書いている。

歴史とは「思う」ものだ。距離が遠ざかれば遠ざかるほど、その思いの領域は大きく、そして重要なものになる。だから国家権力とそれに反駁する若者たちの青臭いエネルギーが拮抗しながら濃密だったあの時代に、新たな座標軸を示してくれた三億円事件に対しても、およそ40年後の僕たちは、もっともっと思うことが大切なのだ。

なぜならかつてないほどに息苦しく、統制や監視が強まってきているというのに、立ち上がるべき青臭いエネルギーの兆しなどまったく現われない時代に、僕らは今いるのだから。

この映画がそこまで深いものを描ききれていたかどうかは疑問だが、この映画を観た若い人たちが、いや若くない人たちもそうなのだが、とりわけ若い人たちが、この映画から何かを感じ取ってくれることを願って止まない。(宮崎あおい)

★なお時代背景については shisyun さんのブログ「空想俳人日記」に非常に詳しく記されていて参考になる。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

空想俳人日記
ラムの大通り
APRIL FOOLS
アロハ坊主の日がな一日

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Comments

はじめまして、リンク、TBありがとうございました!
「傷」と「時効」の違和感は私も感じていました。
キャッチコピーですし文法を問うても仕方ないにしても、安っぽ過ぎますね。

私は事件当時生まれていなく、この映画に対する知識も皆無でした。にも関わらず、時代にも事件にも特に興味を喚起されることがなかったことを残念に思います。

ではでは、またのお越しをお待ちしております。

Posted by: april_foop | Monday, June 19, 2006 at 22:43

> april_foop さん

わざわざコメントまで、ありがとうございます。
色んなブログを見てまわると、この映画若い人たちには結構評判良いですね。う~ん、世代差なんですかね。

ところで april_fool さんじゃなくて、april_foop さんなんですね。で、foop の意味を調べてみてちょっとびっくり(載せてない辞書のほうが多いですが)。そうなんですか?
僕はそういうことに対する偏見は持ってないつもりではいるんですが・・・。

Posted by: yama_eigh | Tuesday, June 20, 2006 at 12:31

レスありがとーございます!
というか、すみません、「foop」ってなにか意味あるんですか? スラングってことですよね。ちょっと検索してみたんですが、わかりませんでした。

そもそもは、hoopとfoolを掛けてみたんです。"バスケ馬鹿"的な意味合いで。でもなんか別の意味があると知らずに使ってるとなると恥ずかしいですね。無知って怖い……。

口にするのがなんでしたら、意味のわかるリンクでも教えていただけると助かります。ご面倒でしたらスルーしてください。もう少し探してみます!

Posted by: april_foop | Thursday, June 22, 2006 at 10:46

> april_foop さん

SPACE ALC の「英辞郎 on the WEB」
http://www.alc.co.jp/
によると、foop の意味は、
【自動】 〈米俗・卑〉同性愛行為をする
だそうです。

Posted by: yama_eigh | Thursday, June 22, 2006 at 16:15

あ、ありがとうございます!
そんなところだろうと推測してはいましたが、とりあえずそういう意図はまったくなかったってことをお伝えしておきます。
ひとつ勉強になりました。割と長く使ってるHNなので、このままでがんばります。

よかったらまた遊びにきてください。

Posted by: april_foop | Thursday, June 22, 2006 at 22:57

こんにちは

確かに宮崎あおいの演技は固かったですね。まあ、一生懸命に背伸びをしようとしている少女の姿だと受け取れないこともないのですが。
あと、若者たちの人物関係がもう少し丁寧に描かれていたら良かったなと思いました。

私はもっと熱い「時代の雰囲気」や「情念」のようなものを映画に期待していたせいか、割とあっさりした物語には肩すかしを喰らったような気がしました。
もっとも、当時を知らないゆえに、私は勝手な思い入れをしているのかも知れません。その意味で、森達也さんの「歴史は思うものだ」という言葉は、何となく分かる気がします。

Posted by: 朱雀門 | Tuesday, June 27, 2006 at 06:05

> 朱雀門さん

いつもどうもです。

いろんなブログを読んでみて判ったのですが、3億円事件のことを全く何も知らないままこの映画を見た人も少なくないみたいですね。みんなある程度は知った上で見ているものと勝手に思い込んでました。知らなければ知らないほど印象は異なるはずです。そして、映画は何も知らずに観るのが一番幸せなのかもしれません。

僕は生まれてました。でも体験してはいなかった。
安保闘争もビートルズも、社会現象としては知っていた、つまりTVの中の出来事としては認知していたのだけれど、それは自分の血となり肉となるものではありませんでした。それが、僕らの世代が僕らより少し上の世代に対して持ち続けていたコンプレックスでした。

彼らは「戦争を知らない子供たち」と称して立ち上がりました。僕らは「平和しか知らない子供たち」でした。今の子供たちは戦争とか平和とかの存在にさえ気がつかないのではないでしょうか。それは今や「歴史を思う」ことによってしか克服できないのではないかと思います。

Posted by: yama_eigh | Tuesday, June 27, 2006 at 21:42

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