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Wednesday, May 10, 2006

ハリウッドとは異なる文法

【5月10日特記】 ここ何年か韓国映画の公開が非常に多い。映画館に行けば予告編の中に必ず1本は韓国映画が含まれている気がする。ところが僕は韓国映画を1本も観たことがない。なんか食指が動かないのだ。

もちろん観たこともない韓国映画をここで貶そうというつもりはない。

ただ、ふと思ったのだが、これだけ多くの韓国映画が封切られると、どこかの国の映画の公開が減っているのではないだろうか? シネ・コンのおかげで“小屋”の数が増えているのは確かだが、それにしても韓国映画の増え方に追いついてはいないのでは? そのあおりを食ってどこかの国の映画が減っているのではないだろうか?

そこではたと気づいたのだが、そうだ、長いことイラン映画を観ていない! 予告編さえ見ていない気がする。

僕はイラン映画に詳しいわけではない。TVやビデオで観たものを含めても下記の6本だけだ。

  1. 『友だちのうちはどこ?』アッバス・キアロスタミ監督(1987)
  2. 『神さまへの贈り物』モハマッド=アリ・タリビ監督(1996)
  3. 『桜桃の味』アッバス・キアロスタミ監督(1997)
  4. 『運動靴と赤い金魚』マジッド・マジディ監督(1997)
  5. 『酔っぱらった馬の時間』バフマン・ゴバディ監督(2000)
  6. 『少女の髪どめ』マジッド・マジディ監督(2001)

(括弧内は日本での公開年ではなく制作年)

それでも一時期イラン映画がちょっとしたブームになっていたこともあって、大雑把に言って1年に1本くらいは観ていたのである。

で、このリストを眺めていて、もうひとつはたと気づいたことがある。

映画『ブロークン・フラワーズ』の記事で「ハリウッド・メジャー流の起承転結から外れた映画だ」という趣旨のことを書いたが、これらのイラン映画、特にキアロスタミの作風なんかはまさにその最たるものだ。ハリウッド・メジャーとは文法からして違うという気がする。

だからイラン映画を観るととても新鮮な感動がある。ああ、なんか急に久しぶりにイラン映画を観たくなってきた。

アメリカは移民の国だから、例えばジャームッシュみたいにいろんな感覚でいろんな映画を作る監督がいる。ハリウッド・メジャーの娯楽作品ばかりを観ている人には是非そこからちょっと外れた映画を観てみてほしい。東海岸に飛んでウディ・アレンを観るだけでも随分違う。

アメリカ以外の国の映画についてもそうだ。ヨーロッパ、それも英独仏ではなくて少しマイナーな国、例えばギリシャのアンゲロプロス監督やユーゴのクストリッツァ監督、売れてきてからはあまり観ていないけどスペインのアルモドバル監督。そして中南米なんかもすごく面白い(去年だったらウルグアイの『ウィスキー』)。

世界中には感じ方・表現の仕方が異なる民族が星の数ほどいる。そういうものに触れた時の、驚きと困惑と感動が入り混じった感慨は筆舌に尽くし難い感がある。是非ともそういう体験をしてほしいなあと思う。それは大げさに言えば、生きて行く上で必要な体験かもしれない。

んで、久しぶりにイラン映画を観たいなあと思った。

え、そんなこと言うなら韓国映画も観ろって? うん、それもそうかもしれない。

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