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Tuesday, May 02, 2006

『チョコレートコスモス』恩田陸(書評)

【5月2日特記】 この面白さは尋常ではない。

僕は恩田陸の作品を片っ端から読んでいるわけではなく、読みたい作品とあまり読みたくない作品がある。今まで読んで気に入ったものを3つ挙げるとしたら『木曜組曲』『黒と茶の幻想』『夜のピクニック』である。

この『チョコレートコスモス』はこれらの小説とは題材こそ違え、何か共通するものを感じて手に取った(その共通するものが何なのかよく解らないまま)。

伝説の演出家・芹澤の新作・女2人芝居への出演を夢見て過酷なオーディションを受ける不世出の女優たち──かつて日本の映画界を席巻し数々の名舞台も踏んできた往年の名女優・岩槻徳子、アイドル出身でありながら女優としても進境著しい安積あおい、芸能一家のサラブレッドであり人気・実力とも申し分なしの宗像葉月、W大1年で役者としてはずぶの素人であるが天才的な能力を発揮する佐々木飛鳥。

そして、葉月の親戚かつ親友でもあり若手ナンバーワンの呼び声も高いのに何故か芹澤のオーディションに声も掛からない東響子。

これは小説版『ガラスの仮面』だというのがもっぱらの評判である。残念ながら僕は『ガラスの仮面』については漫画も読んでいないしTVドラマも見ていない。ただ、読み始めてすぐに思い出したのが(映画化もされた)野部利雄の漫画『のぞみウィッチーズ』だった。

『のぞみウィッチーズ』はボクシング漫画ではあるが、主人公が思いを寄せる少女・のぞみがやはり演技の天才だった。『チョコレートコスモス』の佐々木飛鳥がまさにそののぞみを連想させるのである。

演劇界を舞台にして、女優たちが競い合う演技を描写するのは並大抵の仕事ではない。よくもこんなものにトライしたものだと感心したのだが、そこではたと気がついた。

漫画やドラマの場合、演技者の実体は絵であり俳優であり、それは読者/視聴者の外にある。読者/視聴者はそのキャラ/俳優の実像を見て、自分たちの心の中に2次的にイメージを結ぶ。

それに対して、小説の場合には俳優の実体はもとから読者の心の中にあって自分で直接イメージを組み立てるのである。だから、漫画・ドラマの場合には外的な実像があるために逆に説得力に欠けてしまうことがあるのに対して、こういうテーマを描くには小説のほうがはるかに自由なのである。

そうか、恩田陸は多分そのことを重々承知の上でこの小説に手を染めたのだ。そう言えば以前にも演技力を描写した作品があったはずだ。あれは何だったろう? いずれにしても、彼女の筆致によって、登場人物たちは漫画やドラマよりもはるかに生き生きとして瞠目に値する演技を披露する。縦横無尽の描写である。

読み終わって、「どうだ、巧いだろう。賢いだろう」とほくそえむ恩田陸をあえて想像してみる。──僕は彼女のそういうところがとても好きだ。いや、ほくそえむところではなく巧いところ、賢いところが。そして読み終わるまでは決してほくそえんでいる作家の姿を想像させないところが。それが恩田陸の「機知」なのである。

1次・2次のオーディションを巡る場面はもう面白いの何の、先が読みたくてどんどん進んでしまう。この表現力はもう嘆息仰天の境地である。謎も犯罪も超自然現象も何も起こらない(あえて言えば佐々木飛鳥の演技力は超能力に近いが)にもかかわらず、これだけのスリルを味あわせてくれることが信じられない。

僕としては依然としてこの『チョコレートコスモス』よりも上に挙げた3作品のほうが(ジャンルとして)好きではある。ただ、ひょっとするとその3作品よりこっちのほうが遥かに面白いと言う必要があるのかもしれない。これこそ恩田陸の真骨頂である。

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