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Saturday, March 11, 2006

映画『クラッシュ』

【3月11日特記】 映画『クラッシュ』を観てきた。アカデミー作品賞を獲ったので満員かと思ったがそうでもなかった。

この映画のあらすじは書かない。あまりに人がたくさん出てくるので書き始めると大変だということもあるけれど、基本的にサプライズを仕込んだ筋を追う映画なので書かないほうが良いだろう。

焦点が当たるのは人種差別と(監督は力点を置いていないけど、僕が思うに)銃社会である。

場所はLA。僕も行ったことがあるが、NYなんかと違って非常に怖いという印象を持った街だ。地下鉄はあるにはあるが、歩いている人をあまり見かけない。広すぎて車でしか移動できないのだ。そして、さまざまな人種が暮らしている。彼らは別々の区域に暮らしているので街で普通に接触することがない。あるとすれば路上での車同士の接触、つまり crash である。

ここには多くの人と多くの差別意識が描かれる。剥き出しの差別主義者である警官。そんな同僚を見て恥ずかしいと思う正義感に溢れた白人警官。黒人にメダルを贈呈して票を稼ごうとする地方検事。その検事の右腕で、理屈では解っていても心の底の差別意識は拭えない(し、それを隠そうともしない)男。

一方差別される側としては、差別を問題にすることによってややこしい揉めごとになるのを避けてなんとか17年間生き延びてきた黒人警部。TVの世界で成功したディレクターでありながら、業界にいまだにはびこる白人優越主義に屈辱感を味わう男。カージャックを繰り返す黒人2人組。そのうちの1人は白人から盗まない黒人をさえ忌み嫌う。

そして、差別の対象は黒人だけではない。中近東系、中南米系、アジア系・・・。差別する側の人間にはペルシャ系とアラブ系の区別も、メキシコ人とプエルトリコ人の区別も、中国人とカンボジア人の区別もついていない。

さらに、そこにあるのは差別する側とされる側という単純な図式ではなく、「黒人は被害者意識を持っているから隙さえあれば白人に襲いかかって来るに決まっている」と思い込んで恐怖におののいている白人がいる。そして同じく差別される側である中南米系とアジア系が互いに罵り合っている。──この辺りは大変よく描けていた。

この映画を観てまず思ったことは、脚本と編集が非常に巧みであること。これだけ多くの登場人物がいてこれだけストーリーが入り組んでいると、下手すると誰が誰だか判らなくなってしまっても不思議はないが、人物の登場の仕方が綿密に練り上げられているために混乱なく頭に入ってくる。

どうだ巧いだろうと言わんばかりの、これ見よがしの脚本である。確かに、透明のマントのエピソードをはじめとして、巧いだろうと言われれば素直に巧いと認めるしかない。

しかし、関係のない人物があちこちでこれだけ繋がってくると、これはもう往年の平岩弓枝ドラマである。脚本家のご都合主義なのである。テレビ局に勤めていてこんなこと書いてはいけないのかもしれないが、いかにもテレビ上がりの監督が作ったという感じの、しかもアメリカ人が好きそうな話である。つまり、薄っぺらい。単純すぎるが故の薄っぺらさである。

そして、登場人物のほとんどに救いがない。こういうのを「人間を平等に扱った」と称するのだろうか?

これを観ていて何年か前のアカデミー作品賞受賞作である『アメリカン・ビューティ』を思い出した。

あれも「アメリカは病んでいる」と感じさせる映画だったが、この『クラッシュ』も同様である。前者は徹底的に救いのない、徹底的に後味の悪い(しかし見事な演出であることは否定しがたい)映画だったが、後者は少しだけ後味を良くしようとしている分だけ悪質な感じがする。悪意のないほうがたちが悪いのである。

車の強奪を繰り返していた黒人が最後は少し真人間になりました、って、それが何かの解決になるのか? 直接に世の中を変革するのはヒューマニティではない。まず制度を変えることだ。この映画はそれに繋がるだろうか? いや、あなたも私も病んでいることを確認する──とりあえずそこまでだ。

ただ、1点だけ弁護すれば、我々日本人が知っている差別はもっと陰湿で潜在的なものだ。ここまでストレートであからさまな差別を見せつけられると我々日本人は堪らんなという気になるのだが、この映画で描かれていることは恐らくアメリカ人の日常であって、日常でありながらそれを語ることはタブーなのである。基本的に差別というものに対する感受性が我々日本人とは異なっているのである(だから、これはアメリカ人に熱狂的に受け入れられたのかもしれない)。

そして、それをそのまま映画にした、しかも単純な2元論にせずに描いたというだけで(もちろん、その描き方に巧さはあったのだが)、アカデミー賞が獲れてしまうのである。

やはりアメリカは病んでいる。差別よりもまず、銃社会をなんとかするほうが先決ではないだろうか?

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

Swing des Spoutniks
soramove

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Comments

こんばんは、TBありがとうございました。
おおよそ私と同じようなことを感じておられますね。
脚本のうまさは認めるけれど・・・、と、「けど」をつけずにはいられない作品でした。
脚本家出身の監督だからこそ、破綻を恐れたのかもしれませんね。
私は一つ二つ破綻のあるほうが、映画としては「うまみ」が増すとも
思えるのですが。ストーリーを語るなら、小説で事足りますから。
「バカはとことんバカ」だと言うほうが、まだ救いがあったようにも感じました。

Posted by: 丞相 | Tuesday, March 14, 2006 22:56

> 丞相さま コメントありがとうございます。

> おおよそ私と同じようなことを感じておられますね。

はい、私の場合そういうケースだけTBさせてもらうことにしてますので・・・。丞相さんのブログを読んで、おっ、やっぱりここにもこんなこと書いている人がいるじゃないか、と嬉しくなってしまいました。

Posted by: yama_eigh | Wednesday, March 15, 2006 00:19

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