映画出資と回収のシステム1
【3月4日特記】 最近いくつかの業界紙に2005年の映画興行収入のベストテンが載っていた。昨年は邦画がものすごく好調だったようだ。
興行収入の1位は断トツで『ハウルの動く城』の196億円。2位から4位までの『劇場版ポケットモンスター』『交渉人 真下正義』『NANA』が40億円超。5位から7位までの『容疑者 室井慎次』『電車男』『ALWAYS 三丁目の夕日』までが30億円超。その後『北の零年』『ローレライ』と続き、第10位の『星になった少年』でも23億円もある。ちなみに1位から10位までの合計額は502.9億円に上り、2005年の日本映画全体の興行収入817億円の61.5%を占めている。
邦画好きの方なら既にお気づきかと思うが、上記の10本のうち5本がフジテレビの、残る5本のうち4本もそれぞれ日テレ(2本)・TBS・テレ朝の製作または出資である。
ここまで読んで、「ふーん、TV局も映画で随分儲けているんだ」と思った方は多いだろうが、果たして皆さんは映画に対する出資と回収のシステムについてどれほどご存知だろうか?
ここでは「製作委員会方式」の出資についてちょっと解説してみたいと思う。ただし、以下で展開している例においては随分乱暴に数字を設定した部分もあり、必ずしもこれが典型的であるとは言えないので、その点だけお含みおき頂きたい。
分かりやすいようにひとつ例を立てよう。
ここでは制作費5億円の映画に10%出資して、観客動員70万人だったとする。
ハリウッドだと制作費何十億円というのも全然珍しくないし、邦画でも超大作なら10億円を超えて来ることも多い。しかし、日本映画全体としては制作費5億円というのはどちらかと言えば高いほうだと思う。そして、観客動員70万人というのも、多いほうではないかな?
《製作委員会》
この映画を製作するために製作委員会が組織され、出資を募る。と言うよりも、出資をすると製作委員会のメンバーになって配分を受ける権利を得るのである。今回は全体の10%の出資、つまり5,000万円を出資したと仮定する。
《総支出》
さて、映画の経費としては制作費のほかにP&A費がある。P&Aとはフィルムのプリント代と映画の宣伝費である。ここでは仮に2.5億円と置く(これもまあ中の上くらいかな?)。従って総支出は7.5億円である。
ところで製作委員会が出すのは制作費5億円のみであり、P&A費については一応知ったこっちゃないということになっている。この2.5億円は配給会社が払うのである。
《興行収入》
興行収入とは入場料の総計である。
ご存知の通り映画館の一般入場料は1,800円である。しかし、前売りや各種の割引を利用する人も多いので、映画の公開が始まる前に取らぬ狸の皮算用をする場合は1人あたり1,300円と試算することが多い。
仮にこの試算に基づくと、¥1,300×700,000人=9億1,000万円が興行収入ということになる。
《配給収入》
興行収入は制作・配給サイドと映画館で分けることになる。大雑把に言って、約半分を映画館が持って行く。つまり、1,800円払って映画館に入ったとすると、そのうち約900円が映画館の取り分、残りの約900円が制作・配給側の取り分になるのである。
この、映画館の取り分を除いた額を配給収入と呼ぶ。ここでは配給収入は9億1,000万円÷2=4億5,500万円ということになる。
《配給手数料》
配給会社は配給収入からまずP&A費を回収し、その上で配給手数料を取る。この手数料率はケースバイケースである。
ただ、ケースバイケースであると言って放っておくと先に行けないので、ここでは仮に「P&A費控除後の30%」と置いてみる。これはあくまで仮に置いてみただけのことであって、決してこのくらいが標準であるという意味ではない。この例ではP&A費を先に控除して、それから料率を掛けているが、控除前の金額に対する料率を設定するケースもある。
なにはともあれ、この設定に従って計算すると、4億5,500万円-2億5,000万円=2億500万円。これに30%を掛けた配給手数料が6,150万円。4億5,500万円-(2億5,000万円+6,150万円)=1億4,350万円が製作委員会に残された金である。
《製作委員会総収入》
収入としてはこれ以外にパンフレット収入がある。これはほとんど無視しても良いような額であるが一応計算してみる。
観客70万人のうち1割の7万人がパンフレットを購入したとする。1部600円だとして税金を除いて570円。その売上げの1割が製作委員会に配分されたとして、¥570×70,000人×1割=399万円が収入となる。
以上から、製作委員会の総収入は1億4,350万円+399万円=1億4,749万円となる。
《配分》
さて、冒頭でウチは10%出資したと仮定したので、総収入1億4,749万円×10%=¥14,749,000が我が社に配分される訳である。
ん? 待てよ、5,000万円出資して1,500万円弱の配分しかなかったら、3,500万円以上損してるじゃないか!!
そうなんです。かなり荒っぽい想定をして試算したとは言え、そこそこの制作費とP&A費をかけて中くらいの観客動員に終わった場合は映画のファーストランだけでは却々元が取れないものなんです(この「元が取れる」ことを業界では「リクープする」と言う)。
《2次利用収入》
ただし、収入にはまだ裏の道がある。
例えばビデオグラム収入──映画公開終了後、ビデオ化・DVD化して販売すると、その売上げの一部が製作委員会に配分される。ビデオグラム収入はまさにピン・キリで、売れると売れないとでは天と地との差ほどあるが、ここではまずまず売れたとして3億円が製作委員会に配分されたと仮定しよう。
続いて商品化権収入──映画のノベルティ/キャラクター商品の売上げ収入だ。こちらもビデオグラム同様ピン・キリである。洋画で言えば『スターウォーズ』シリーズの商品化権収入はそれこそ天文学的な数字だろう。アニメーションなどであれば子供向けのキャラクター商品が飛ぶように売れるかもしれない。出演していた韓流人気俳優の写真をあしらった商品も売れるだろう。映画の中で象徴的に使われた小物を商品化する手もあるだろう。
だが、上記のどれにも該当しないとなると、そもそも商品化したいと言う業者がいないだろうから、商品化権収入は限りなくゼロに近くなる。
ここでは、まあ少しは売れたとして、いい加減に250万円が製作委員会に配分されたと仮定する。
それ以外に放送権料がある──公開が終わった映画をTV局等に売るのである。買うTV局が製作委員会の出資メンバーであってもちゃんと権料を支払うことになる。
僕は映画の買い付けなんてやったことがないので、一体いくらぐらいで取引しているのか知らないが、地上波TV全国放送の場合「配給収入の1割が交渉の目安」という説があるので、これを信用するとして、4億5,500万円×1割=4,550万円で売れたとしよう(これは自社で2時間のドラマ作ることを考えればかなりの割安価格だ)。他にも衛星放送・CSなどにも売れたとして、この収入合計をざっくりと2,000万円と置く。
まだある。海外番販(番販とは番組販売の略です)──海外のTV局等に売るのだ。売れるかどうかは内容次第だろうが、これも腰だめの数字として1,000万円とする。
以上2次利用における製作委員会の収入として、3億円+250万円+4,550万円+2,000万円+1,000万円=3億7,800万円が追加になる。
従って2次利用まで含めた製作委員会総収入は1億4,749万円+3億7,800万円=5億2,549万円。支払った制作費が5億円だったので、これでやっとリクープする訳である。
誰でも判るように、ここではビデオグラム収入を3億円と置いたのがポイントである。もしもDVDが売れなければ赤字は必至というところである。
《成功報酬》
ところで、総収入が総支出を上回った場合、最大額を出資した幹事社が「成功報酬」を取るケースがある。この料率も配給収入同様まことにケースバイケースであるが、一応「超過額の15%」と置いてみよう。
そうすると、(5億2,549万円-5億円)×15%=¥3,823,500が成功報酬ということになる。
冒頭の仮定では我が社は10%の出資、つまり最大出資者ではありえないので、成功報酬をもらうほうではなく引かれるほうである。
《配分対象額》
よって、製作委員会への配分対象額は¥525,490,000-¥3,823,500=¥521,666,500。10%出資した我が社にはその1割の¥52,166,650が配分され、都合¥2,166,650が儲かった訳である。利益率は4.3%。
どうです? 映画出資というものはかなりリスキーで、自ら最大出資者となってリスクをとらない限り大した儲けにはならないということが解ったでしょ?
もっとも、上の例では興行収入9億円という想定だったが、これが40億円超ともなれば収入も一気に跳ね上がる。映画出資とはそういう博打なのある
【追記】
上には書かなかったが、ビデオグラムや商品化権に関してはMGという制度がある。ミニマム・ギャランティの略で、最低保証の意である。
つまり、ビデオグラムやキャラクター商品などは上代の何%を権料とするか最初に決めるのだが、それとセットで「売れても売れなくても最低これだけの権料は支払う」という保証を取り付けるのである。
それがあると事前の収支が立ちやすいことは言うまでもない。
=====> 続編の記事はここです。
【2011年11月2日追記】
他にあまりこういうことを書いたサイトがないためか、最近この記事へのアクセスがものすごく増えているので、ちょっと註記を書いておこうかと思います。
上記は 5年以上も前に書いた記事です。この間に映画出資の仕組みはずっと同じであったわけではなく、新しいやり方やバリエーションがいっぱい生まれてきておりますし、例示している金額も今から読み返すと必ずしも「値ごろ感」があるとも言えなくなってきました。
今では映画によって、配給会社によって、製作委員会の成り立ちによって、かなりいろんなパタンがでてきていますので、これはあくまでひとつのモデルケース、しかも 2006 年当時のモデルケースに過ぎないと思ってお読みいただければ幸いです。
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