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Tuesday, March 14, 2006

映画『かもめ食堂』

【3月14日特記】 映画『かもめ食堂』を観てきた。シネスイッチ銀座を出て晴海通りに差し掛かったところで、若い女性同士の話し声が聞こえた。

「あの、すいません、『かもめ食堂』観てらっしゃったんですか?」
「はい、そうですけど」
「面白かったですか?」
「面白かったですよ!」
「あ、ホントに? 良かったぁ。ありがとうございました」

こういうやり取りを聞くと嬉しくなる。こういう風にして、この映画の噂がどんどん広まって行けば良いのになあと思う。都内でここだけの上映というのは如何にももったいない。

『バーバー吉野』(2004年度キネ旬29位)、『恋は五・七・五!』(2005年度同57位)に次ぐ荻上直子監督の第3作である。

デビュー作では小学生、次の作品では高校生が主役であったこともあって、あまり演技力の練れていない役者がたくさん出ていたが、今回のように小林聡美、片桐はいり、もたいまさこと芸達者なところが3人揃うとさすがに見応えがある。

舞台はフィンランド、ヘルシンキの「かもめ食堂」。サチエという日本人女性(小林聡美)が独りで切り盛りしている。もっとも、切り盛りと言ったって開店以来客はただの1人も来ていない。漸くジャパニメーション・オタクのトンミという青年(ヤルッコ・ニエミ)がやって来るが、人の良いサチエは「お客さま第1号」ということで、彼に対してはコーヒー永久無料にしてしまう。

サチエがなんでまたこんなところで食堂をやっているのかについては、群ようこが映画のために書き下ろした原作のほうでは触れているのかもしれないが、映画の中ではほとんど説明がない。でも、きっとなんかあったんだろうなあ。なんもなければこんなとこまで来て食堂なんかやらんだろう、と映画を観ている客は想像する。でも、小林聡美にちっとも痛々しさがないので、ものすごい傷心の事件というのでもないのかな、などと観客はまた思い直す。

そこへ日本人観光客のミドリ(片桐はいり)が転がり込む。「目をつむって世界地図を指差したら、そこがフィンランドだった」という仰天するような動機である。彼女も何かあったんだろうなあ、と観客はまたしても思う。でも、彼女もまた過去については語らない。

さあ、2人揃った。3人目のもたいまさこは果たしてどういう登場の仕方をするのか、と観客は早くも期待してしまうのだが、それはもう少し後になる。小林聡美と片桐はいりの絶妙のやり取りで暫し、いや、たっぷり楽しませてくれてからである。

欲のなかったサチエのところに「やっぱり私はお客さんに来てほしい」というミドリが転がり込んで、サチエの心もかもめ食堂も少しずつ変わって行く。

そしていよいよもたいまさこ扮するマサコの登場。他に誰もいない空港のターンテーブルの前で呆然と立ち尽くす日本人女性。荷物が出て来ないのだ。あきらめてホテルにチェックインして荷物の到着を待つが、何日経っても出て来ない。暇に過ごしているうちにかもめ食堂にたどり着くことになる。

彼女もまた、映画の中で何故フィンランドを選んだかについては語ってはいるが、そもそも何故旅立ったのかについては多くを語らない。でも、一昨年・去年と立て続けに両親を亡くした後、きっと色々あって旅に出る気になったんだろうなあ、とここでも観客の想像は膨らむ。

そう、泣いたり喚いたりしている人だけに何かがあった訳ではない。人間生きていれば何かと色々あるものなのである。そして、サチエが言うように「人はみんな変わっていくものですから」・・・。

これはそういう映画である。泣いたり喚いたりする映画が異常に多い中で、泣きも喚きもすることなく、人の心の襞をしっとりと描き出している。

大したことはほとんど起こらない。『バーバー吉野』『恋は五・七・五!』と比べても、この映画が一番ストーリーに山場がない。でも出来としては一番だろうなあ。笑えるシーンもいっぱいあって、そして静かに染み込んで来る何かがある。何度も繰り返し見たい映画だ。

何も起こらない映画を成立させるには確乎たる力量が必要である。そして、それ以前に、何も起こらないストーリーで映画を撮ろうという発想自体がこの監督の類稀なる才能を物語っている。

監督の優しい眼差しを感じる。それはべたっとした優しさではなく、さらりとした優しさである。そして、さらりとしているくせに、いや、さらりとしているからこそ体の芯から暖まる映画なのである。

画がまたとても良い。これはもう絵画の世界である。スタッフ・ロールを見れば撮影監督はフィンランド人だ。撮影だけではなく照明・録音・美術なども現地の人だ。多分そのことによってフィンランド・ロケが意味のある画になっている。

あまり動かないカメラ。あまり動かずに役者の芝居を長めの1カットでじっくり見せてくれる。小林聡美が素晴らしい。彼女でなければこれだけの映画にはならなかっただろう。

そう言えばTVでも映画でも今までこんなに可愛い小林聡美を見たことがない。特に、食堂では髪を丸めているのが自宅に帰ってポニーテールになった時が抜群にキュート!三谷幸喜を妬ましく思ってしまう。
最後のシーンも秀逸の一語に尽きる。

サチエが何故おにぎりをメイン・メニューにしたかを聞いてミドリが泣きそうになるシーンがあるが、片桐はいりの不細工な泣き顔を見ながら、こっちまで目頭が熱くなってしまった。

森田芳光のデビュー作『の・ようなもの』のキャッチフレーズが確か「ニュアンス映画」だったと思うのだが、これもまたニュアンスたっぷりの特上荻上映画だった。

観客のほとんどが女性だったが、心なしか、個性的で魅力的な女性が多かったような気がする。

見終わったらおにぎり食べたくなるよ。それも、コンビニのやつじゃなく、炊きたての暖かいおにぎり。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

マダム・クニコの映画解体新書
アロハ坊主の日がな一日
Swing Des Spoutniks
「朱雀門」という方法・第2章
ライターへの道。女32歳の挑戦。

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Comments

>何も起こらないストーリーで映画を撮ろうという発想自体がこの監督の類稀なる才能を物語っている。

同感です。
監督の前2作も良質でしたが、本作の方が、
シンプルな分魅力的ですね。
こんなに癒された作品は、久しぶりです。
絵画として観ても楽しいし・・・。

TB&言及に感謝!

Posted by: マダムクニコ | Thursday, March 16, 2006 at 10:56

> マダムクニコさん

わざわざコメントありがとうございます。
そちらのブログにコメントしたほうが良いのかもしれませんが、ガラス窓とか合気道に関する分析、いつもながらの鋭さと面白さに感服します。

それにしても、奥のほうまで響いてくる映画でした。見て幸せな映画でした。

Posted by: yama_eigh | Thursday, March 16, 2006 at 20:48

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