『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』ポール・オースター編(書評)
【12月9日特記】 実はまだポール・オースター本人が朗読する付録のCDは聞いていない。何パラグラフかずつ英文を読み、和訳を読み、もう一度英文を読み、最後に脚注を読み、そのようにして漸く巻末にたどり着いた。
これはポール・オースターが出演していたラジオ番組からの出版物である。
オースターがリスナーに物語の投稿を呼びかけた時の条件は2つ:
The stories had to be true, and they had to be short
──ただ、それだけである。この本に収められているのはその呼びかけに応えたあらゆる階層のリスナーからの投稿である。
だから、ここにある文章について言えば、Only a small portion of it resembles anything that could qualify as "literature" である。確かに、(的外れな確信かもしれないが)僕が読んでも「この人、文章下手だなあ」と感じるようなものもあった。一方で、なかなか感動的な文章を書き、巧いまとめ方をしている人もいる。
いずれにしても一般人が書いた文章なので、構文が判らなくなるようなややこしい文章は1つもない。
中には自分と全くかけ離れた生活について書かれた作品もあり、そういう文章には解らない単語が満載である(例を挙げれば、服役していた人の文章がそうだった。「教戒師」とか「仮釈放」とか「手かせ」とか、その手の単語ばかり出てきて原文を読んだだけではさすがにさっぱり解らなかった)。
ただ総じて言えば、難しい単語は決して多くないので、辞書なしでも結構スラスラ読める。そして少しでも難しい単語は全て脚注で解説してあるので辞書を持ち出す必要はなかった。
柴田元幸を初めとする翻訳陣の訳文を読むと、時々「はあ、そこまで踏み込んだ訳にしたか!」とハッとすることがある。このあたりはこの本の別の楽しみ方だろう。
そして、自分の知らなかった表現を複数の著者が使っていたりして、「ははあ、この表現は聞いたことなかったけど、結構一般的な表現なんだ」と感心することもある(例えば at the top of one's lungs)。こういう発見をするのも愉しみのひとつである。
しかし、この本は英語教材としての評価だけで終わらせてしまうには大変もったいない本である。ひとことで言って、どの話も読んで面白いのである。心に響くのである。
オースターの表現を借りれば、It is something else, something raw and close to the bone なのであり、I didn't hear America singing. I heard it telling stories と述べている(この表現は Walt Whitman の有名な一節 I hear America singing を踏まえている、とちゃんと脚注にも書いてある)。
素人たちの投稿に比べて、オースターの書いている Introduction はさすがにプロらしい巧さがある。抽象概念を表す語彙の豊富さ、簡潔で解りやすく力強い表現。すらすらと頭に入ってくる。だが、一方でここに収められた一般人の文章にも、どこかそれに負けない魅力があり、深さがあり、面白さがある。
非常に良い企画であると思った。
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