映画『空中庭園』1
【10月9日特記】 映画『空中庭園』を観てきた。
ものすごい映画を見てしまった。未だ興奮冷めやらない。一体何から書こうか?
まず、カメラワーク。
冒頭の長回し。キッチンのランプシェードの周りをグルッと回って下に降り、そのまま芝居が始まる。ルーフバルコニーからバスへと続くシーンでカメラが振り子のように左右に揺れる。見ていて酔いそうになる。今度は地平が回る。その上に建っている3棟のマンションごと360度回転する。元の地平に戻る過程で「空中庭園」というタイトル文字が出現する・・・。
このアバンタイトルだけでもうたっぷりとカメラワークを満喫。その後も見事に緻密に計算し尽くされたカメラワークが観客を堪能、いや嘆息させてくれる。ほとんどカットを割らずに長回しで繋いで行く。カメラが揺れる、回る、一気に寄る。──この緊張感、そして禍々しさ、そして宙ぶらりんの不吉な感じ。
そう、禍々しくて不吉な映画。多分原作とはかなり違えているのだろう。角田光代は『対岸の彼女』しか読んでいないのだが、ここまで凶猛な文章を書く人ではないと思う。
ストーリーは、ひと言で身も蓋もなく言ってしまうと、崩壊した家族の話。成立していない、嘘の家族の話。秘密は一切作らないことをルールにしている家族の話。あるいは、劇中に出てくるソニンの台詞を借りれば、(幸せでないのに皆で幸せを演じている)「学芸会にそっくりや」ということになる。
僕の考えでは、ルールなしで運営できる組織が本来家族というものであるから、ルールで縛って基盤を固めようとした瞬間に、それはもう家族ではない。でも、本来的な家族でなくなってしまったからと言って、家族は急に辞められるものではない。だから、幸せな家族の振りをするか、あるいは決定的に決裂して没交渉になるしかない。
主人公の小泉今日子の少女時代、大楠道代が演ずる母親とは決定的に決裂した家族だった。その反動で彼女は計画的に幸せな家族を演じようとする。板尾創路を夫役に見繕って妊娠して結婚する。当時の憧れのマンションにも移ってきた。4人家族なのに「家はひとつ」という理由で鍵は1つしか持たない。
ところが性欲旺盛な板尾は2人の女と浮気中。そして、その内の1人・ソニンがある日突然なんと息子・広田雅裕の家庭教師として現れる。娘の鈴木杏は実は高校には通っていない。ボーイフレンドとラブホテルにしけこんだりしている。
それでも表向き、この京橋家は「秘密を作らない」というルールの下で幸せな家族を演じている。だから娘に「私が仕込まれた場所はどこか」という質問を受けたら、正直に近所のラブホテルの名前を告げてやる。ただし、小泉は学校でずっと苛められていたことは家族には伏せて元生徒会長ということにしている。
小泉今日子の作り笑いがたまらなく不気味。そして切れる小泉、めっちゃ怖い!
大楠道代の荒んだ演技もすごかった。
広田とソニンがトンネルの中で乗っていたバスが事故を起こして立ち往生するシーンもなんだか不思議な凄みがある。バスの窓から飛び降りて歩き去って行くソニンの、カツカツというヒールの足音がとても不吉。
「このまま不吉なままで終わってしまうとめちゃくちゃ後味の悪い映画やなあ(でも、たとえ後味悪くてもとても良い映画だとは思うが・・・)」と思っていたらそうではなかった。
一条の希望の光、とは言わない。
ここまで行ってしまうともう引き返すのは不可能だ。引き返すのではなく、ここまで間違って来てしまってここからどの道に曲がるのか、彼らなりのあり方が示される。それはひょっとしたら本質的な解決にはなっていないのかもしれない。だが彼らなりの家族のあり方が暗示される。
入院先の病院から大楠が娘に掛けてきた電話でのやりとり。そして、板尾創路が帰宅途中たまたま娘と乗り合わせたバスの中で、大阪弁に戻って語る台詞がなんとも力強く、救いに満ちている。そして、終盤で初めて登場した小泉の兄役の國村隼の台詞にも救いがあった。そう、人間はいろんなことに気づいていろんなものを超えて行く存在なのだ。
ラストの小泉の演技は狂気に満ちたものだった。
エンディングのクレジットが終わって再びカメラの画に戻った時、観客はもう一度唸ることになる。
この映画、今年見た中では『トニー滝谷』と並ぶ、極めて印象に残る作品だった。
エンディング・テーマはUA。久しぶりに聞いたけど、心に染みる素晴らしい歌声だ。
Comments
どうもです。
やはり、もう行かれましたね。
多分、yama_eighさん早々に行かれるんじゃないかな
と思ってたんです。
なかなか、いろんな意味で堪能できる映画のようですね。
たのしみ。たのしみ。
では、僕もちょっくら観てきます。
Posted by: アロハ坊主 | Sunday, October 09, 2005 23:29
> アロハ坊主さん
いやあ、ユーロスペースでしかやってないみたいだし、昨日までのアロハ坊主さんのブログではまだ記事になってないし、思わずアロハ着た坊主の人はいないか捜してしまいましたよ。
はあ、僕にはとても良かったです。それからパンフ値打ちものでした。
またアロハ坊主さんの感想読ませてもらいます。
ほなね(← 映画の中のソニンの台詞でもある)。
Posted by: yama_eigh | Monday, October 10, 2005 00:23
>ルールなしで運営できる組織が本来家族というものであるから、ルールで縛って基盤を固めようとした瞬間に、それはもう家族ではない。
とてもいい指摘ですね。後はミーナの言う学芸会を演じているだけ・・・・。
深い映画評、楽しませていただきました。
こちらにもTBさせていただきますね。
Posted by: マダム・クニコ | Saturday, December 17, 2005 19:05
> マダム・クニコ様
(うむ、名前がマダムで始まるとなんとなく「さん」とは書けず「様」になってしまう)
わざわざありがとうございました。
今後も深い洞察期待してます。
Posted by: yama_eigh | Sunday, December 18, 2005 00:51