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Sunday, October 16, 2005

差別ネタを考える

【10月16日特記】DVD"SATURDAY NIGHT LIVE 25 YEARS of MUSIC"vol.1-3 を見終わった。

見終わってつくづく感じるのは、なんでこんなヤバいジョークがTVで罷り通るのだろう?という単純な疑問。そもそも米国では人種ネタ・ギャグはスタンダップ・コメディアンの定番であると聞く。やはり日本と米国の国民性の差なのだろうか?

代表的なものを以下に列挙する。

1)アンディ・カウフマンの移民キャラ(vol.1)

移民の喋るブロークン・イングリッシュを茶化したネタ。この部分の英語だけ一語残らず完璧に聞き取れる自分が情けない。

しかし、このネタ、日本のTVでできるかなあ? 日本に移民はほとんどいないので、(合法・不法を問わず)長期滞在中の外国人が喋る日本語をネタにする訳だが、まあ、やりようによるか。

2)天才女性ロックシンガーにして詩人のキャンディ・スライス(vol.1)

ギルダ・ラドナー扮するロックスター、キャンディ・スライスが、ジョン・ベルーシ扮する大物レコーディング・エンジニアのフィル・マローンをスタジオで6時間半も待たせたところからコントは始まる。

マローンが怒る。「何様のつもりだ!? ジミ・ヘンドリックスだって俺を待たせなかった。ジム・モリソンだって待たせなかった」「じゃあ、ジム・クロウチは?」「あれは飛行機のせいだ」

ジム・クロウチが飛行機事故で死んだのは有名な話。なんというブラックなジョーク!

これ、日本でできるかな? その後、キャンディ・スライスが到着すると完璧なドラッグ漬けで全く役に立たないというシーンが続いてるし、多分無理。

3)Canon 製カメラのCMのパロディ"Kannon"(vol.2)

盲目のスティービー・ワンダーでも写せる(Even Stevie Wonder can use it)というコンセプト。そう言えば vol.1 にも耳の聞こえないベートーベン(ジョン・ベルーシ)をバカにしたようなシーンがあったが、その手のネタではこの vol.2 が一番ひどい。

まず、スティービーがプロ・テニス選手のジョン・ニューカムを写す。眼が見えないので手探りでカメラを掴むところから始まる。いつものようにスティービーがにやけながら首を左右に振ってカメラを構えてニューカムを狙うのだが、あらぬ方を向いているためにほとんどちゃんと写っていない。もちろんピントも合っていない。

今度は交代してニューカムがテニスをしているスティービーを撮るのだが、何度ボールが来ても完全にずれたタイミングでずれた空間をスウィングするスティービー。

So simple - anyone can use it ──最後にスティービーがそうコメントする。

客は爆笑。

しかし、これ、スティービー・ワンダー本人が演っているところが凄い!と言うか、だからこそ笑えると言うか、そこがせめてもの救いになっていると言うか・・・。

これ、日本でできるかなあ? いや、絶対にできない。知り合いに眼の不自由な人など全くいない人も含めて、多くの視聴者から苦情が殺到して、制作担当者は処分されるだろう。

4)フランク・シナトラとスティービー・ワンダーによる Ebony & Ivory (vol.2)

古い曲なので Ebony & Ivory を知らない若い人たちのために書くと、ebony は黒檀つまり漆黒、ivory は象牙色、これをピアノのキーボードに並ぶ黒白の鍵盤になぞらえて、黒人も白人も仲良くやろうよというメッセージ・ソングで、1980年代前半にポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーのデュエットで大ヒットになった。

これに目をつけたフランク・シナトラ(扮しているのはジョー・ピスコポ)がスティービー(扮しているのはエディ・マーフィー)を迎えてその第2弾を録音しようとするコント。

まず、シナトラがエスキモーを茶化したような歌詞を提案する。スティービーが「それはエスキモーに失礼だ」と反論するのだが、シナトラは「奴らはレコードを買わん」と一蹴。

──危ねえネタ。ところで、最近TVではエスキモーと言わず(彼らの自称である)イヌイットという単語を使う。が、このDVDではしっかりエスキモーと言っている。この時代は許されたのか、あるいは「頭の固い差別主義者のフランク・シナトラ」という演出か?

日本語の字幕だけが「イヌイット」になっているところがなんだか間抜けではある。

続いて、じゃあ一緒に歌おうということになって、シナトラが歌う。曰く、「リンカーンは偉かった 黒人奴隷を解放したから」。

その後「お前は黒人で俺は白人 お前は眼が見えないけど俺は見える」。Negro なんていう差別用語も織り込んである。「手に手をとって力を合わせよう」などと言わず 「喧嘩はやめようぜ(Let's not fight)」と歌ってる。

黒人差別というのは日本人にはよく解らない感覚なのだが、これを現に日本にある他の差別に置き換えてTVでコントができるかと言えば、まず無理だね。

vol.3 にはほとんどヤバいネタはないので、あるいは80年代前半ならではのことで、今は米国のTVでもここまでのことは許されないないのかもしれない。しかし、これだけ並べて見て、やっぱり日本と米国の間には明確な国民性の差があるような気がする。

散々茶化されたフランク・シナトラにしても、たまたま出会ったジョー・ピスコポに対して「お前は面白い奴だ」と笑っていたというではないか。そして、スティービー・ワンダーは自ら盲人をコケにしたコントに出演しているし・・・。

僕にとっては、日本のTVは差別ネタに関して時として神経質すぎることがあって少し窮屈だと感じることがある。しかし、一方でこのDVDのようなネタを平気でやってゲラゲラ笑っている感覚も理解しがたい。

ただ、フランク・シナトラのように茶化されたことを笑って聞き流す神経も少しは必要かなとは思う。考えてみれば、茶化されても笑って聞き流すという行為は、僕らが職場でしょっちゅう(ある時は攻めに回り、ある時は守りに追い込まれ)やっていることだ。

皆さんの会社ではそんなことないのかな?

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