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Thursday, June 30, 2005

『演劇のことば』平田オリザ(書評)

【6月30日特記】 僕の演劇初体験はつかこうへいだった(つか劇団ではなかったけど)。立て続けに何本か観て『熱海殺人事件』にぶっ飛んだ。そんな経験があるから、僕の中では日本の演劇はつかこうへいによって突如として始まったかのような印象がある。

その後もう少し年長の脚本家、例えば別役実や唐十郎なんかの芝居も観てはいるのだが、やっぱり全ての始まりはつかこうへい、つかこうへいが日本演劇のビッグバンみたいな感じ方をしてしまう。

が、もちろん事実はそうではない。そこに至るまでに長い、と言うか、平田オリザによるとむしろ短すぎる(いや「浅すぎる」かな?)歴史があるのである。

そういうことをこの本で改めて確認させてもらった。

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Wednesday, June 29, 2005

『泣かない女はいない』長嶋有(書評)

【6月29日特記】 この表題がボブ・マーリーから来ているとは想像がつかなかった。読んでいてその箇所(54ページ)に差し掛かったとき思わず声を上げてしまった。

表題作の主人公・睦美は「ほとんど泣いた記憶がない」(56ページ)。併載の『センスなし』の主人公・保子も泣かない。

2人とも泣いても不思議のない、本当に情けない状況に置かれながら最後まで泣かない。それじゃあ本のタイトルと矛盾してるじゃないか、ということになるが、いや「泣かない女はいない」というのは誤訳でやっぱり「女 泣くな」が正しいのだ、と考えれば合点が行く。

特に『泣かない女はいない』のラストシーンでは、睦美の胸の中でこの曲が「女 泣くな 女 泣くな」と鳴り響き続けているのではないか。僕にはそれが聞こえる気がした。だからといって睦美に「気丈な女」というイメージもなく、それが不思議でもあり、この作家の真価でもある。

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Tuesday, June 28, 2005

夏炉冬扇

【6月28日更新】アイロンをかけていると汗が吹き出すシーズンの到来だ。

1人暮らしで否応なく季節を感じさせられるのは夏のアイロンと冬の米研ぎ。

古い言葉に「夏炉冬扇」というのがあって、これは季節外れで役に立たないものの例え。
炉や扇なら使わなければそれで済むが、アイロンや米研ぎは汗が出ようが手が凍りつこうが、やらない訳には行かない。辛い。

季節の風物詩──そういう風に思うようにはしているのだが・・・。

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Monday, June 27, 2005

ストレス

【6月27日特記】昔はストレスが精神に直接影響して、イライラしたり塞ぎ込んだり泣きそうになったりしたもんだ。

ところが、長いこと仕事をしているうちにいつのまにか心を巧みに手なずける術を覚えてしまったみたいで、最近はストレスが心を素通りして一気に体に現れて来る。

頭皮と背中の脂漏性湿疹、胃痛、最近では手足のしびれ。困ったちゃんである。

そう言えば思い出した。

予備校のときに受けさせられた性格診断で、「君は典型的なノイローゼ自殺型」と言われた。なのに、今日に至るまで一度たりとも自殺しようと思ったことがないのは、これも心を飼い馴らす術を覚えたからだろうか?

ふむ、ヤバいような、ありがたいような…。

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Sunday, June 26, 2005

なんで僕が謝らなければならないんですか

【6月26日更新】 長いこと仕事をしてきてつくづく思うのは、謝るのが嫌いな人が本当に多いということ。みんななんであんなに謝るのが嫌いなのだろう?

X社の社員にA君とB君がいるとする。B君の過失、怠惰、あるいは悪意によってX社が取引先のY社に対して窮地に立たされたとする。とりあえずX社としてはY社に謝るしかない。ところがA君は「B君が悪いのになんで僕が謝らなければならないんですか」とむくれるのである。僕がA君なら抵抗なく謝る。

A君は言う「なんで僕が謝らなければならないんですか」
僕はA君に言う「それが君の仕事だから」

X社はY社に迷惑を掛けたのである。もしもY社に対する窓口がA君であるなら、とりあえずA君が謝るしかない。仮にY社に対する直接の窓口がB君であったとしても、場合と立場によってはA君が謝る必要があることもある。

何もB君に対して謝れと言っている訳ではない。それなら僕も謝るのは嫌だ。Y社に対して謝るのである。何故ならそれは君の仕事だから。

他の社員に成り代わるのは大切な仕事のひとつである。

【6月27日追記】逆の場合もまた然り。

Y社の誰かの過失、怠惰、あるいは悪意によってX社のB君が迷惑を被ったとする。仮にA君がX社におけるY社に対する窓口であった場合、A君がB君に謝るべきかどうかはケース・バイ・ケース。

ただし、これは言ってはいけない──「僕はちゃんと言いましたよ!」。

  • A君がちゃんと言ったとしてもY社にちゃんと伝わってなかったのであれば、それは「言った」とは言えない。
  • ちゃんと伝わっていたのにY社がミスしたのであれば、それは如何ともしがたい。「ちゃんと言いましたよ」などとムキになっても仕方がない。
  • ちゃんと伝えたにもかかわらずY社がA君を裏切ったのであれば、A君の担当能力の問題でもある。自分の責任について考えるべきである。

いずれにしても「ちゃんと言いましたよ!」と言う相手はB君ではない。
どうしてもB君に言いたいのであれば、それはB君に一切迷惑がかからないように事前に完璧にY社を押さえ込んでから初めて言えることだ。

どうしても「ちゃんと言いましたよ」と言いたいのであれば、言う相手はむしろY社である。ただし、Y社に対してそういう言い方をするのが本当に有効かどうかを、頭を冷やしてよく考えた上での話だ。Yes の場合もあれば No の場合もある。

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Friday, June 24, 2005

『アメリカン・ナルシス』柴田元幸(書評)

【6月24日特記】 この本は我々に馴染みの翻訳家・柴田元幸のエッセイ集ではなく、大学教員・柴田元幸の論文集である。不思議なことに逆にその分だけ胡散臭いものになっている。

なるほど学者というものはこういう風にして商売するのか、などと感心してしまう。あれもナルシス、これもナルシス、あれはナルシスが肥大化したもの、これはナルシスの裏返し──とまあ、牽強付会とは言わないが、あまりに辻褄が合いすぎているのもまたつまらないのものである。

もちろんこれは決して学者に特有の極端な読み方ではない。我々も本を読みながら結局は似たようなことをやっているのである。それが「読み解く」という行為なのである。

ただ、我々が好き勝手に読み解くと、決してこんな一貫性は形成されないのであって、それが読んでいて面白くない理由である。

面白くないというのは悔しいという意味であって、書いてある内容は実際興味深く面白い。──とまあ、ここまで言説を費やさないと面白さを説明できないのがこの本の前半部分(ⅠとⅡ)である。

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Thursday, June 23, 2005

LOHAS

【6月23日更新】 日経のヒット商品番付で知ったのだが、最近 LOHAS という新しい価値観に基づいたライフスタイルが流行しているらしい。 ちなみに LOHAS は Lifestyles of Health and Sustainability のアクロニムだと言う。

日本語訳として、あるウェブページに「健康と地球環境意識の高いライフスタイル」と書いてあったのだが、イマイチ英語と結びつかない。

上の和訳に近づけるためには Sustainability を Environmental Sustainability とでも書き換えてやる必要がある。その場合「健康と環境保全志向のライフスタイル」という訳のほうが丁寧かもしれない。

それでもなんかしっくり来ないなあと思って他のウェブページを調べたら、どうやら本来は Sustainability は文字通り「持続可能性」と訳すべきもので、「次の世代のことまでちゃんと考えられる」という意味だそうな。「地球環境云々」というのはやや矮小化された訳語のようだ。

ところで、アクロニムについてはHPのほうにいろいろ書いたのだが、一般的には前置詞や接続詞は丸ごと省略されてしまうケースが多い。このアクロニムもそのルールに従うと LHS となるのだが、一単語みたいに読めるように敢えて LOHAS にしているところが面白い。

ロハスってなんだか響きが良い。ただ、時々ハマス(パレスチナの武装集団)とごっちゃになる。あ、これ、「ちゃうちゃう大全」のネタか。

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Monday, June 20, 2005

アプリケーションの愛

【6月20日更新】 昔から入れてあるアプリケーションが、Windows XP SP2 を導入してから不具合が出るようになった。ふと思いついてメーカーのページを見たらアップデート・プログラムがあったので、それをインストールして一件落着。

しかし、アプリケーションにしてみれば(そしてアプリケーションの利用者にしてみれば)、これはたまらないことではないか?

OSもアプリケーションも、自らの利便性を高めるために進化する。ただ、アプリケーションのほうは自らの自由な進化のほかに、ただOSの進化に合わせるためだけに進化する必要もある訳だ。

アプリケーションは永遠にOSを追いかけなければならない。まるで若い時の恋愛みたいに。

なんとか年老いた夫婦みたいな関係にはならないもんだろうか?

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Sunday, June 19, 2005

これが本当のスピードくじ

【6月19日更新】 ある商店街で福引をした。よくある三角くじである。抽選券を5枚持っていたので5回分だ。

正方形の紙を対角線上に折りたたんで三角形にした奴を順番に5枚引く。引き終わって、そのうちの1枚を僕が破っていると、係りのお姉さんが残りの4枚を重ねて、いっぺんに破って開けてしまった。

確かに時間の節約にはなるだろう。でも、やな感じ。しかも5枚ともはずれだったから余計やな感じ。

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Saturday, June 18, 2005

トラックバック

【6月18日更新】 不思議なもので、何等宣伝もしていない開設間もないこのブログにも、ちょこちょこトラックバックなるものがつく。HPを開設したときには必死で宣伝しても誰も見に来てくれなかったのに…。

そのトラックバックを辿ってみると見事に内容的な連関が薄いところも興味深い。トラックバックをつけてくださった方々に文句を言う気はさらさらないが、要するに僕のブログの中の特定箇所をきっかけにして自分のブログへと誘い込む道具なのである。

ふーん、トラックバックって、そういう我田引水で良いんだ。

1回トラックバックという奴をつけてみたいと思いながら却々機会が掴めなかったのだが、なるほど、これならできそう。

──などと思ったのだが…。

調べてみるとやはりいかなる物事にもルールっちゅうか礼儀っちゅうもんがあるようだ(間違いだらけの〔   〕選び)。

これ読むとなかなか難しい。でも、第3の原則に「 トラックバックに遠慮はいらない」とあるから、この記事で初トラックバックをやらせてもらいます。

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Tuesday, June 14, 2005

マイケルさん

【6月14日更新】 マイケル・ジャクソン無罪のニュースで、いくつかのTV局が「マイケルさん」と言っていた。

これは少し変ではないか? ニュース的感覚からすれば「ジャクソンさん」が一般的ではないだろうか?
ニュース原稿での初出分が「マイケル・ジャクソンさん」で2回目以降が「マイケルさん」なら解るのだが、いきなり「マイケルさん」である。

何故だろう? ジャクソン・ファイブのメンバーをはじめ、兄弟姉妹が多くて、どのジャクソンだか分からなくなるから? そんなこたぁないでしょう、こんな大騒ぎになっているのに。

だいたい「マイケルさん」だってどのマイケルさんだか分からないし、「ジャクソンさん」だってジャクソン・ブラウンだと思われるかもしれない。
それだけにわざわざ姓ではなく名で伝える姿勢が不可解なのである。

ちなみに、花田光司さんは実兄のことを「花田勝さん」と呼んでいる。マスメディアもそれに倣って(ではないだろうが)「花田勝さん」と呼び習わしている。いきなり「勝さん」とは言わない。

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Monday, June 13, 2005

『プログラマの数学』結城浩(書評)

【6月13日特記】 プログラマでもプログラマの卵でもないのにこの本読んでるの僕ぐらいのもんでしょうね。

でも、著者は「プログラミングや数学に関心のある方なら、どなたでも楽しめると思います」と書いています。「『読み飛ばしたくなる数式』をできるだけ取り除きました」と書いています。「C言語を知らなくとも、本書を読むのに不都合はありません」とも書いています。

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若貴騒動の混乱

【6月12日更新】 若貴兄弟の確執に関する報道を見ているとどうも混乱して来る。

「あんなに仲が良かった兄弟が…」と思うと気持ちが混乱して来ると言うのではない。名前がこんがらがって来るのだ。

僕にとって二子山親方と言えば先月亡くなった親方ではなく、その実兄で先代の二子山親方、土俵の鬼と言われた元横綱若乃花である。僕はこの人の現役時代を知らないので、僕にとって彼はあくまで横綱若乃花ではなく二子山親方なのである。だから二子山親方と言われるとこの人を思い出してしまう。

先月亡くなったのは僕にしてみれば元大関貴乃花である。引退後も貴乃花親方を名乗っていた時期があったので、今でも貴乃花親方と言われるとまずこの人を思い出してしまう。

ところが今の貴乃花親方はその次男の元横綱貴乃花で、亡くなった二子山親方が元大関貴乃花である。

それに加えて、貴乃花親方の実兄の元横綱若乃花は、角界を辞めた人なので花田勝と本名で呼ばれる。当然のことながらこれら全ての登場人物が「花田さん」であり、亡くなった二子山親方は故・花田満氏などと書かれることもあり、貴乃花親方がまた実の兄を「花田勝さん」などと称するものだから全体に名前と人間関係が解らなくなったりするのである。

これって単に若貴の引退以来ほとんど相撲を見ていない、相撲に興味がなかったというだけのことか?

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Saturday, June 11, 2005

映画『帰郷』

【6月11日更新】 萩生田宏治監督の映画『帰郷』を観た。利重剛がプロデューサーと共同脚本で参加していて、音楽を担当しているのが元プリンセス・プリンセスの今野登茂子である。

「へえ、解散後はこんな仕事してたんだ」と驚いたのだが、もっと驚いたのが彼女が利重剛夫人であったこと。

この映画、西島秀俊も片岡礼子もめちゃくちゃに巧いし脚本も良いし、来年2月の「キネマ旬報ベスト10」に入る期待あり。人間の淋しさとか哀しみとか、とてもよく描けている。重い重い映画だった。

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Monday, June 06, 2005

連想

【6月6日更新】  高田梢枝の『秘密基地』って良い歌だなあ、と思って聴いていたら、名前の連想から高田みづえを思い出した。

高田みづえの代表曲といえば『硝子坂』と『そんなヒロシに騙されて』と、そこまで思い出した後、「ヒロシです」のヒロシを思い出して一人でおかしくなった。

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Sunday, June 05, 2005

『古道具 中野商店』川上弘美(書評)

【6月5日特記】 川上弘美と言えば、この bk1 の『センセイの鞄』の書評欄で故・安川顕氏が、「作者は『牡』の特性を知らぬ筈もないが、このカマトトぶりはどういうことなのだろう。(中略)憎からず思っている若い女に『抱いて!』と懇願されて指一本触れぬなど、男の風上にも置けぬ奴ではないか」と書いていたのを思い出す。

僕が初めて bk1 に書評を投稿した作品だったから印象深いのである。実はこの時まで僕はヤスケンを知らなくて、「なんか的外れのことで憤ってるオッサンがいるなあ」と思ったのをよく憶えている。

それに比べて、この『古道具 中野商店』は艶っぽい小説である。なかなかセックスしない青年も登場するが、結局はする。いろんな登場人物があちこちでセックスする。それぞれのセックスについて語る。──なんか、川上弘美のヤスケンに対する回答というか、供養であるような気もする。

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パッケージ・デザイン

【6月5日更新】  煙草のパッケージに印刷してある警告文がデカくなった。その結果、何が達成されたかといえば、パッケージのデザインが損なわれたというだけ。書いてある面積やフォントサイズが大きくなれば文章が及ぼす効果も大きくなると本気で信じているのだろうか?

煙草が有害であると言うのであれば、警告文を大きくするのではなく、煙草の発売と喫煙を禁止を目指すべきである。もちろん、政府の税収の問題があるからそれはできない。ならば、もう少し効果のある何か別のキャンペーンを考えるべきである。

僕が喫煙者だから言うわけではない。煙草会社に面積を譲らせて警告文を目立たせるという方策は単なる自己満足ではないか? 何よりもデザインの破壊が悲しい。

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Thursday, June 02, 2005

裸のライオンキング

【6月2日更新】  昨夜の『トリビアの泉』で「劇団四季の“ライオンキング”では地方に合せて台詞を方言に変えている」というのがあって、東京・名古屋・大阪・福岡公演の模様を再現していた。勿論これは多くの人にとって「へぇ」である。

しかし、それは“ライオンキング”を観ていない人にとっては「へぇ」であっても、名古屋・大阪・福岡の公演を観た人は自ずと「なるほど、地方ごとに演出を変えるのか」と気づいたはずである。

気づかないのは東京の客だけ──そういう訳で東京人は、「東京が日本である」と勘違いしてしまうのである。

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