『その名にちなんで』ジュンパ・ラヒリ(書評)
【12月13日特記】 「丹精込めた」とか「肌理細やかな」といった表現が浮かんでくる。ということは、これを読んでも面白いと思わない読者もきっといるんだ──それを思うとちょっと悲しくなる。
そう、これは「泣ける小説」でもなければ「手に汗握る物語」でもない。小説を読む愉しみは、決して泣いたり笑ったりハラハラドキドキしたりするだけではない、ということをしっかりと教えてくれる上質の作品である。
ラヒリのデビュー作『停電の夜に』も良かった。が、そもそも僕は読んだ本の内容をすぐに忘れてしまうし、また短編ゆえの軽さということもあって、実はあまり憶えていない。ただ、良かったという印象だけ残っていて、それでこの本を買ったのである。
今回は長編である。主人公の家族はインドからの移民。話の骨格となる設定は、主人公が父親にゴーゴリと名づけられること(これはロシアの文豪と同じ名前だが、文豪のほうは姓で、この話の男の場合は名である)。
何故そんな名前をつけたかについてのエピソードがあり、それを嫌がって自ら改名するエピソードがあり、そのほかにもたくさんのエピソードを綴って、2つの世代のインド系米国人のマインドを対比して行く。
物語は32年の長い時間をゆっくりと流れて行く。これだけ長いスパンを描き切る作家って、ジョン・アーヴィングくらいしか思いつかない。しかも、アーヴィングより眼は細やかで、筆はしっとりとしている。
帯に堀江敏幸が「ラヒリの世界はもう完成の域に達し、あとはただ、その成熟を見守っていけばいいとばかり思っていたのに、本書を通して、彼女は予想を超える深化を遂げていたのだ──驚くほど静かに、驚くほど自然に」と書いている。そう、この作家は日本で言えば堀江敏幸の線かもしれない。
表3の著者近影で初めて知ったのだが、驚くばかりの美人である。そして、この作品も驚くばかりに美しい。
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