『パラレル』長嶋有(書評)
【9月10日特記】 こういう軽くて情けない主人公、そして軽くて乾いた文体というのは新鮮なようで実はありがちなパターンなのです。あるいは、書けそうな文章なのです。ひょっとしたら誰か他の人が書いているかもしれない小説なのです。
だから、この作家を最も特徴づけているのはこの文体や手触り感ではありません。確かに抜群に文章力のある作家ではあるけれど、実はこの作家の最も優れた点はストーリー運びなのです。
と言っても、ウダウダした日常の描写が続くばかりで、劇的なことは何も起こりません。その代わり、インシデントと言うか、小さな事件ばかりが次々とあるのです(そう、「起こる」と言うよりも「ある」という感じ)。
その小さな事件の一つひとつがとてもスムーズに縫い合わされているのです。小説を書いてみたことがある人にしか解らないかもしれませんが、こういうお話を作り上げるのはものすごく難しいことなんです。僕はその能力に感嘆してしまいました。
離婚してからも元妻とメールや電話のやり取りを続け、風邪を引いたと聞けば見舞いに行ってしまう男。もう何年も失業中。すぐにおろおろして泣く。ついつい「まあまあの女」に手を出してしまう。髪は2、3ヶ月に1回しか切らないくせに銀座の美容室に行く。自分でネクタイが結べない、等々。
どう? 魅力的な主人公だと思いますか? 僕は思わない。思わなかった。けれど読み終わったら、なんか、いとおしい気分になっちゃいましたよ。そう、人生ってこんな小さな波、小さなうねりばかりが続くんだよね、ってね。
長嶋有って、ホントに「小さなストーリーテラー」だと思いません?
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