『夜のピクニック』恩田陸(書評)
【8月30日特記】 この本は到底僕には書けない。いや、読後感の話であって実際の話ではない。本を読んでも別に「この本は僕には書けない」と思わないケースも多いのだけれど、じゃあそういう本なら自分にも書けるかと言うと多分書けない。
しかし、世の中にはそういう自問自答をすっとばして、いきなり「僕には到底書けない」と思わせる本がある。
『未知との遭遇』で初めてスティーヴン・スピルバーグを知った時もそうだったが、あまりにレベルの高いものに出会うと、感動したり共感したりするのと同時に深い絶望感を味わうものだ。「僕はこいつには到底敵わない」という絶望感! この本はそれを与えてくれた。
群像劇、と言うか主人公がグループの形で登場する構成は『黒と茶の幻想』を思い出させるが、『黒と…』のほうは社会人でこちらは高校生の物語であるだけに、こちらのほうが軽く明るく甘く切ない。そう、これは正調青春小説なのである。
舞台はある高校の「歩行祭」。年に1回開催される、ただ歩くというだけのイベント。歩くったって朝からほとんど休みなく翌朝まで何十キロも。スタートとゴールはともに高校のグラウンドである。
話はただその模様を描写しているだけ。しかし、風景の織り込み方、小道具の使い方がいつも通り驚異的に巧い。最初に建てたであろう設定が非常にしっかりしていて自然にストーリーが展開する。ミステリーでもないので別段何も起こらないが、いつも通りの思わせぶりを散りばめて、話はミステリックにうねって進む。文章が巧いし台詞回しも自然なので、読むものを疲れさせず一気に読める。
──なんてのは読み終わってからの分析。読んでいる時はただそこにどっぷりと浸かっていて、いつしか高校生に戻った自分がいた。年中行事があって受験があって出会いと別れがあって恋がある。高校生の思い出作りの話なんてと言いたいところだが、不覚にも自分の青かった時代が甘く切なく甦ってくる。
この単純な枠組みでなんでこんなストーリーが展開できるのか? 何故こんなに書けるのか? こんなに巧い作家には滅多に会えるものではない。
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