『ヒューマン・ステイン』フィリップ・ロス
【7月21日特記】 この精緻な構成! まるで語り手である作家が丹念に丹念に取材してまとめ上げた一篇のルポルタージュのようだ。とてもフィクションだとは思えない。
設定について具体的に語ってしまうとネタばれになってしまうので書けないのがとても残念だ。
この小説には大きな仕掛けがある。その仕掛けは早い段階で種明かしされてしまうのだが、それでも読者の気を逸らさない。登場人物の一人ひとりが作家ザッカーマンによって語られ、内面の見えない第三者的キャラクターとして放置されることはない。とても極端なシチュエイションに置かれた言わば極限状態の人間が多数登場する。そして、それぞれがザッカーマンの目で捉えられる。
うかつなひとことで黒人差別主義者のレッテルを貼られて失脚してしまうユダヤ人老教授。そのユダヤ人教授の半分くらいの年齢でありながら彼の恋人となった女。彼女は幼いころから性的虐待を受け、前夫の暴力から逃げるように暮らしている。おまけに読み書きができない。
また、彼女の前夫はベトナム戦争から帰ってきてからすっかり精神を病んでしまっている。暴力の衝動を抑えきれない。そして、重要な登場人物がもうひとり、ユダヤ人教授を大学から放逐する上で大きな働きをしたフランス出身の美人学者。さらに、語り手であり、ユダヤ人教授の友人である作家のザッカーマン。
これだけでもかなりバラエティに富んでいるが、しかし、ああ、もどかしい。肝心な点のあらすじが書けないのである。
僕が大学に入った頃には台頭してきたユダヤ系アメリカ人作家たちの一人でしかなかったフィリップ・ロスだが、今やジョン・アップダイクと並ぶ大家なそうな。そこまで登りつめた要因の一つはまず多作であること。そして、複雑な構成を見事にまとめ上げる手腕である。
久しぶりに読んだが、その手腕にはやはり圧倒された。
この小説は映画化され「白いカラス」という邦題で公開されているが、ここでもネタばれを避けるために余計なコメントは差し控える。
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