『わたしたちが孤児だったころ』カズオ・イシグロ(書評)
【6月20日特記】 「なんだ、それで終わり?」という感じがしないでもないのだが、「でも、よく考えると、そう、人生ってそういうもんだよなあ」という感じもして来る──結局のところ、そのあたりが巧いんだろうな、この作家は。
僕は現代米国文学が好きで、英国のものはあまり読んで来なかったのだけれど、『柴田元幸と9人の作家たち』に収められていたイシグロのインタビューを読んで興味を抱き、『充たされざる者』が手に入らなかったのでとりあえずこの本を読んでみたわけだ。
英国のものだからだろうか、やはりどんよりとくぐもった感じの文章である。最後に大どんでん返しがあるのではないかと期待して読んだのだが、この人はそういう作家ではなかった。
表面的にはあまり仕掛けがないように見える。イシグロ作品に常に登場すると言われる「信頼できない語り手」というのも、僕が予想したほど派手な仕掛けではなかった。
一応探偵小説という形を採ってはいるが、通常言われるような探偵小説ではない。上海で突然「孤児」になってしまった白人少年が、英国で名探偵として功なり名遂げた後、失踪した両親を探して再び上海に戻るという設定である。
その設定の中で、人間の孤独感や過去への執着や、いろんなものへの(正常な判断力を失ってしまうほどの)思い込みを、まるで襞をかき分けるように書き進んでゆく、非常に雰囲気のある文章がこの小説の特徴なのである。
あなたはこれを読んで泣きも笑いもしないだろう。しかし、なんだか「うーん」と唸り声を上げるかもしれない。そのあたりがこの作家の巧さなのである。
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