『マネー・ボール』マイケル・ルイス(書評)
【6月27日特記】 中にはこの本を経営書の一種として読む人もいるのかもしれない。しかし、僕としてはこの本は何としても書店の「経営」の棚ではなく「スポーツ」の棚に置いてほしい。これは球団経営の本ではない。紛れもなく野球に対する情熱について書かれた本である。
ただ、そのアプローチが従来のプロ野球関係者やファンのものとは180度違っていたというだけのことだ。
ビリー・ビーン──元メジャー・リーガー。ドラフト1順目に指名されてメッツに入団したが、結局大した成績は残していない。現在はオークランド・アスレチックスのゼネラル・マネージャ。アスレチックスは貧乏球団でありながら4年連続でプレーオフに出場するという常勝球団であって、その秘密はひとえにビリーの手腕にあるといって良い。
金がない故に年俸の高い一流選手を抱えられない(トレードで獲得できないというだけではなく、自分の球団の選手であっても年俸が高くなってくるとトレードに出すしかない)。──その状況を逆手にとり、術策の限りを尽くして無名で有望な選手を集めようとするビリー。そのためには今までアスレチックスに貢献してきた選手でも簡単にトレードに出す。彼が考えることは大きな見返りを得ることだけである。
そもそも他球団で疵もの扱いされている選手を好むビリー。バントや盗塁を、徒にアウトを増やすだけだと言って毛嫌いするビリー。自分の思い通りにならないと壁に椅子を投げつけたりするビリー。何よりも出塁率を重んじるビリー。コンピュータによる統計と分析を徹底的に推し進め、次々と無名選手を発掘して行くビリーとその側近たち。
そう書いて行くとこの本はビリー・ビーンの英雄物語のように見えるが、そんなに一辺倒で短絡的なものではない。
ビリーの考え方は、今でもそして今後も、ほとんどのプロ野球関係者や大半の野球ファンには受け入れられないだろう。彼は英雄になりきらないまま死ぬ可能性のほうが高いような気がする。そんな逆境の中、彼を駆り立てるもの──それは、彼の野球に対する情熱に他ならない。
僕は読者には、この情熱の深さ、激しさ、純粋さを充分に読み取ってほしいと思う。ここで展開される新奇な(あるいは珍奇な)野球理論に「へぇ」と感心するのは副次的な産物である。
「結局なすすべもなく球団を手放すしかなかった近鉄バファローズの球団幹部に、あるいは高級取りの大物ばかりを集めても成績の上がらない巨人のオーナーに読ませたい。爪の垢でも煎じて飲ませたい」というのは誰でも言えそうな台詞である。僕にはその台詞は浅薄なものに響く。
そんな次元のものではない、もっともっと熱い何かを、僕はビリー・ビーンという人に感じてしまうのである。これは情熱というものを知るための本である。
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