『探偵大杉栄の正月』典厩五郎(書評)
【1月20日特記】 典厩五郎の本は初めて読んだ。ま、こんなもんかな。そこそこ面白かった。
歴史上の人物をいろいろ取り混ぜてミステリを作るという趣向だ。これは音楽で言えば企画もののアルバムみたいなもんで、実は書いている作者本人が一番楽しかったのではないだろうか(どうやらこの作家はそういう作品をたくさん書いているようだが…)。
生きていた時代も、あるいは生活空間も少しずつずれていたはずの実在の人物を(しかもかなりの人数を)少しずつ関連付けてちゃんとお話に仕立ててある。巻末の作者ノートの参考文献一覧を眺めてみると、「ほほう、こんな文献にまで当っていたのか」と感心する。本筋とは少し離れたところで竹久夢二や石川啄木まで無理やり絡めているのは却々の力技である。
主人公の大杉栄は、まるで漱石の「坊ちゃん」みたいにわかりやすい性格で、天下のアナーキストが本当にこんなキャラだったんかいなという気がしないでもないが、人物としてしっかりと固定できているのは確かである。
松井須磨子や(これは架空の人物であるが)内藤香也子、あるいは大杉と漫才めいたやり取りを展開する下駄重なんかも性格づけは明確で、読んでいて飽きさせない。明治の東京の風景描写もよく雰囲気が出ている。
終盤で一気に事件解決に向かう部分については、実は僕はトリックや謎解きにはほとんど興味がないので、その辺りのことについては純正ミステリ・ファンの方の書評をご参照いただきたい。
登場人物の台詞の中にどう考えても現代のものではないかという言葉が混じるのだけが少し気になったのだが、総じて言えば、冒頭に書いたように、「ま、こんなもんかな。面白かった」というところである。
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