『エトロフの恋』島田雅彦(書評)
【12月11日特記】 ほとんどあらすじだけで成り立っていた前作『美しい魂』と比べて、こちらは最初のページからしっかりとした小説空間が構築されている。うだうだ書き綴った今作よりも無骨にあらすじだけの前作のほうが好きだと言うのは勝手だが、小説としての良し悪しについて言えば比較するまでもない。この作品を読んで改めて前作の不出来を思い知らされた感じさえする。
エトロフという舞台の設定。自然に対する観察眼。聖霊や幻想といった超自然、そして人物の配し方・捉え方。──いずれをとっても前作には見られなかったものであり、それらがこの作品の色濃い深みをもたらしている。
この3部作は一貫して恋と運命のドラマであるが、この完結編には前作のような浮ついた嫌らしさもなく概ね重厚であり、たとえば中年男性であっても抵抗なく読めるのではないか。前2作のように無理やり歴史を絡ませる必要がなかった分だけ、作者の空想力が解き放たれた感がある。
ネタバレになるといけないので詳しく書けないが、この小説は、ある種小説としての定番の終わり方である「終わらないという終り方」をしている。その終わり方こそが余韻と呼ばれるものであり、あるいは希望と呼ばれるものであると言えば良いのかもしれない。
前作『美しい魂』について、私は「東海テレビがドラマ化すれば良い」と書いたが、この続編についてはドラマ化しないほうが良いだろう。こんな暗い話をテレビ化すると必ずや失敗するはずだ。しかし、暗い話を書くことによってしか、希望が浮かび上がってこないという局面もある。島田はこの小説でそのことを、極めて正統的な方法で証明したのである。
衒いがない分、出来は良い。
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