『まひるの月を追いかけて』恩田陸(書評)
【11月10日特記】 かの有名なさとなお氏には「おもしろかったのだが、これが代表作?という感じは残る」と書かれてしまったが、僕は恩田陸の作品の中ではやっぱり『黒と茶の幻想』が一番好きなのである(さとなお氏にメールを送って『黒と茶の幻想』を薦めたのは他ならぬ僕である)。
で、この『まひるの月を追いかけて』も、どちらかと言うと『黒と茶の幻想』の線なのである。もっとも、こちらのほうがもう少しはっきりとミステリ仕立てである。つまり、謎があってそれが解けるという形を採っている。
結末についてはあまり多くを語らないほうが良いだろう。不用意に僕がヒントを与えてしまうと、勘の良い読者ならすぐに結末を読み切ってしまう恐れがある。ただ一言で書いてしまうと、この結末は僕にとっては、やや茶番。
それでも僕はこの作品が好きなのである。それはやはり彼女特有の、このどんよりと重く淀んだ空気感。「淀んだ水」じゃなくてあくまで「淀んだ空気」である。その違い、解ってもらえるだろうか? 水ほど重くなく、水ほど冷たくもなく、水ほど明確に実体を感じることもできない──でも、「淀んだ空気」としか言えないものを感じることがあるでしょう? 恩田陸はそういう感じを非常に巧く書ける作家だと思う。
世の中にはすきっと爽快な小説が好きな人もいるだろうし、どんよりと重く淀んだ小説が好きな人もいる。これはもう趣味としか言いようがない。
人物の描き方にやや甘さも残っていて、小説の完成度は『黒と茶の幻想』よりかなり劣るし、ミステリとしては「木曜組曲」なんかのほうが遥かに出来が良いだろう。でも、この小説は殺人事件なんか起きなくてもミステリは書けるということの証左のような気もする。無理に殺人事件を起こさなかった恩田陸は偉いとさえ思ってしまう。
この小説、けなす人いっぱいいるだろうなあ。でも、やっぱり僕はこういうの好き。このどんよりと重く淀んだ空気感。これはもう趣味としか言いようがないのである。
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