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Monday, October 13, 2003

『裏声で歌へ君が代』丸谷才一(書評)

【10月13日特記】 『輝く日の宮』で初めて丸谷才一を読んで、それがあまりに面白かったので20年前のこの作品を読んでみたのだが、随分趣が違う。テーマが国家という重いものである点が一番大きな違いなのではあるが、語りが多くて人物が動かないところが、読んでいて一番しんどいところである。

「語り」と書いたのはト書のことではなく登場人物の台詞のことなのだが、作者がそれぞれの登場人物に語らせているのは言うまでもない。

巻末の解説で池澤夏樹が指摘してるように、「小説は矛盾を矛盾のままにうまく扱う思考の装置である。梨田の考え方と洪圭樹の考え方がくいちがう時、論文では両方の発展を追うことはできない。そういう場合に小説は(中略)弁証法を実現するすぐれたシステムである」。

──なるほど良くできた仕掛けである。

しかし、それを小説として読む場合、主人公の画商・梨田や「台湾独立」を目論む洪だけではなく、洪の同志の呉、中華民国の黒幕・朱、スーパーの店長の林と、出てくる人間に次から次へとハイブラウな議論を展開されてしまうと、読んでいて少ししんどくなる。「これなら論文で読むほうが楽かもしれない」という気にもなるのである。男女の話も織り込んであるが、その部分も含めて、ともかく台詞ばかりのシーンが多く、やや疲れてくるのである。

ところが、終わりが近くなって急にストーリーが動き出してくる。池澤の表現を借りれば、「ポリティカル・スリラーの様相を帯びてくる」のである。しかし、ポリティカル・スリラー一辺倒になるのではない。この辺りがこの作家の大変巧いところで、冒険譚、国家論、人生観、男女の機微…。いろんなものが綯い交ぜになって、大団円を迎えるのである。

いやいや、巧い。そして、最後までやっぱり重い。

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