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Monday, July 14, 2003

『バカの壁』養老孟司(書評)

【7月14日特記】 異論があることを承知で書くが、このタイトルは良くない。何故こんな粗野な題をつけなければならないのだろう?

わかりやすくアピールしたい、少し煽りたい──そういう気持ちは判らないでもないが、著者が少し頭に来ているのが透けて見える。となると、怒りは伝染しがちなので、読者の反発を買うこともあるのではないだろうか?

例えば、「わがままな脳」とか「係数ゼロと無限大」とか(この両例だとあまりキャッチーではないが)その手のタイトルをつけたほうが良かったような気がする。

驚くようなことはほとんど書いていない。特に第1章から第4章まではその感が強い。ただし、驚きがない代わりに説得力はある。第5章以降で漸く脳の専門家らしい話が出てくるのだが、同時に教育や環境、経済、古典文学などと視野を広げすぎている分、比例して危うさも増してくる。危うさが増す分、後半の説得力はやや落ちる。

全体を通して「ふんふん」と読み進めるのだが「なるほど」と膝を打つほどのことはない。
何故この本がそんなに絶賛されるのだろうと不思議になってくる。「読者は皆、今までこんなことにさえ気づいていなかったのだろうか」と思うと、読んでいて恐ろしくなってくる。

当たり前のことが多く書き連ねてあるので、概ね反論の余地はない。しかし、逆に新鮮さに欠ける感じさえある。一方、ところどころに「これはやや牽強付会」「これはちょっと暴論か」と言わざるを得ない部分も出てくる。

思うにこれは独白を文章にしてもらって出版したためだろう。そのためにやや独善的な文章になってしまっている。もし、多くの人がこれを読んで「へえ」と思ったのであれば、それはそれで意味があったのだろう。そこそこ筋の通った本ではある。ただ、喋って、書き起こしてそれで良い本ができると思ったら大間違いである。

私は著者の書いていることに異論を唱えているのではない。彼の書いていることに新味は感じないが情報性はあり、その論旨には概ね同意できる。このまとまった思想をもっと上手に表現する方法があったのではないかと思うのである。

本論からはみ出した部分で少し独善的になる嫌いはあるが、決して悪い本ではない。繰り返して書くが、新味は感じないが情報性はあり、論旨はそこそこ通っている。

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