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Saturday, May 31, 2003

『憲法対論』奥平康弘・宮台真司(書評)

【5月31日特記】 僕は対談ものは滅多に読まないし、宮台真司という社会学者についても何かうさん臭い気がして今まで読む気にならなかった。ところが、朝日新聞に掲載されていた宮台真司の憲法論が見事なまでに正鵠を得ていると思ったので、この本を読んでみることにしたのである。

読んでみたところ、宮台真司という人は果たしてうさん臭い奴だった。

「まえがき」の部分で、宮台にとって奥平康弘という年長の憲法学者がどれほど偉大な存在であるかみたいなことを書いておきながら、その割には宮台はひとりで喋りすぎている。対談のうちの8割くらいは宮台の発言なのだ。

これは旧き良き謙譲の美徳の日本的価値観からすれば極めてよろしくない。いや、百歩譲ってそれはまあ良いとしても、そもそも宮台のものの言いようが不遜である。

「田吾作」だの「馬鹿ども」だのと「民度の低い日本人」を罵倒しまくるのを典型として、日本国民の大多数に対していちいち見下した表現をしている。いくら言ってることが正しかったとしても、これでは読む側の反発も必至で、こういう喋り方は非常に損だなあと思った。

それに対して、奥平名誉教授の「僕は結局憲法の世界では連戦連敗だったな」(第6章、232ページ)という謙虚な物言いが清々しく際立っている。

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Saturday, May 24, 2003

『残響』保坂和志(書評)

【5月24日特記】 この間延びしたダラダラした文体を読み進んで行くと、途中でふと「俺は何のためにこんな小説読んでいるんだろう?」と思ってしまう瞬間がある。恐らくそう思ってしまったら作者の思う壺なのである──もっとも作者がそういうことを狙っていたかどうかは別として・・・。

何故ならば、ふと「俺は何のためにこんな小説読んでいるんだろう?」と思ってしまうのは、この本を読みながら登場人物たちと一緒になっていろんなことを考え始めている証拠だからである。

保坂和志の本は考える人が出てくる考える小説であり、つまりそれは考えさせる小説でもある。

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『ボディ・アーティスト』ドン・デリーロ(書評)

【5月24日特記】 『アンダーワールド』に続いてドン・デリーロの作品を読んだ。

多分こっちを先に読んでいれば『アンダーワールド』を読むことはなかっただろう。さすがにあのお化けみたいな大著と比べると、こちらのインパクトは小さい。だが、印象に残らない作品かと言えばそうではない。

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Friday, May 16, 2003

『九十九十九』舞城王太郎(書評)

【5月16日特記】 舞城王太郎って一体何者なんですか?

何しろ僕が彼の作品を読むのは『阿修羅ガール』に続いて2作目だし、そもそも覆面作家ということもあってあまり情報がないのです。

これは一見したところ明らかに駄作と言うか、無茶苦茶と言うか、一応「メタ探偵小説」なんてキャッチはついているけど、なんかその場で思いついたことをダラダラ書いているだけみたいだし、ミステリの体は取っているものの、名探偵九十九十九の謎解きは極めてご都合主義と言うか、幼稚に思えるほど飛びすぎてるし、筋や構成は相当入り組んでいて章が変わるごとに登場人物は一変するし、タイムスリップはするしパラレルワールドだし、そこに聖書の「見立て」が絡んで来るし、九十九十九は自分の顔の肉を削いでみたり挙句の果てには自分で自分の首を切り落としたりで、最後には「僕」が何人も登場するなど、読んでいる僕はさっぱり訳がわかりません。

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Saturday, May 03, 2003

『荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産』荒俣宏(書評)

【5月3日特記】 久しぶりに荒俣宏らしい本を読んだ。100冊以上を誇るアラマタの著書の中でも、これは僕が最初に読んで大いに魅せられた『理科系の文学誌』の系譜を引く作品だ。

小説家アラマタには『帝都物語』という代表作があり、あるいはシム・フースイのシリーズがあるが、これらはあくまでアラマタの日頃の研究を良く活かした作品というべきであろう。また、あまたあるノンフィクション系の著作の中では、ゴードン・スミスのような伝記ものも楽しいがアラマタ本来の広がりに欠ける感は否めないし、広告図像やパルプマガジンの研究といったものはむしろ傍流と言うべきであろう。

それに対して前掲の『理科系の文学誌』や『目玉と脳の大冒険』、『大東亜科学奇譚』あるいは本書のような、探求と収集、そして再現性の三位一体となった作品こそがアラマタの本領と言うべきものではないだろうか。

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