『マーティン・ドレスラーの夢』スティーヴン・ミルハウザー(書評)
【11月30日特記】 味わいの深い、良い小説だった。それは言葉を変えれば、僕自身にこの作品を味わう力があったということなのかも知れない。しかし、一方で僕自身にこの小説の魅力を伝える力がないのがもどかしい気がする。
これは「なんだか、すごい」小説なのである。僕にはその程度の形容しかできない。「なんだか」という表現のなかに、この小説の懐の深さを読み取ってもらうしかないのである。
最初は、「子供の頃から才能の片鱗を見せていた主人公が実業家として成功し、頂点に達する寸前に妻に足許を掬われて全てを失う」というようなストーリーではないかと想像しながら読み進んでいた。ところが、この作家はそんなありきたりなストーリーを書く気はなかった。
いや、そもそもこの小説の魅力は「ストーリー」の周辺にあるのではない。それは重ねられる描写の隙間に埋め込まれている。
19世紀末から20世紀初頭にかけての建設ラッシュの時代、一気に変貌する街の風景、それを担う実業家たち(そして彼らを取り巻く女たち)、彼らの夢、とどまることのない情熱、そして破綻。
全てが写実的に書かれているわけではない。ここにあるのはまさに作家による小説空間である。描かれているのは人間の意識である。それが風景との混合物として提示される。
最後の章で展開される「グランド・コズモ」の内部についてのとめどなく続く表現がすごい。地上30階・地下12階に及ぶ巨大ビルは主人公ドレスラーの「作品」でもあり、心象風景であるようにも読める。巨大であるがゆえに、逆に人間の能力や夢の有限性を暗示してしまうのである。
いや、巧く言えない。ともかく読んでほしい。「なんだか、すごい」のである。
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