『唇を閉ざせ』ハーラン・コーベン(書評)
【11月17日特記】 これはマイロン・ボライターを主人公とするシリーズから離れた所謂スタンダロン作品である。従って、ここではマイロンやエスペランサら一連の登場人物によるような減らず口のジョークは幾分控えられている。
しかし、人は急にその作風を変えようとしてもそう一気には変えられないもので、例のシリーズにあるようなユーモアのセンスは随所に生かされている。
登場人物にしても、例のシリーズにおけるケダモノ億万長者ウィンや元女子プロレス・チャンピオンの秘書ビッグ・シンディ、オカマの元工作員ゾラに通ずるようなややアウトロー的で魅力的な人物が何人か配されている──例えば東洋武道に長けた殺し屋エリック・ウーや麻薬の売人タイリーズとその部下ブルータス、主人公の友人である大柄モデルのショーンやTVで活躍する敏腕女性弁護士へスターなど・・・。
では、なぜ作者コーベンはこの作品を単発ものとしなければならなかったか? それは「8年前に亡くなった主人公の妻」という設定が従来の枠組みの中ではどうしてもできなかったからに他ならない。
つまり、設定が異なるだけで、この作品はやはりコーベンらしい一流のエンタテインメントに仕上がっているということである。ウィンが登場するべきところにタイリーズとブルータスが現れて危機を救い、エスペランサが減らず口を叩くところでショーンかヘスターが気の利いた台詞を返している。
だから、従来のボライター・シリーズに嵌ってしまった読者にとっても安心して読めるミステリであり、もちろん初めて読む読者に対してもお薦めの一冊である。
ユーモアはやや少ない。しかし、コーベンらしい筋立ての面白さは、やはりこの作家が一流であることを示している。
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