『容疑者の夜行列車』多和田葉子(書評)
【10月5日特記】 13章からなる夜行列車の旅。長編というよりは言わば短編連作であるが、主人公はいずれも「あなた」(職業はダンサー)である。各章には主にヨーロッパの地名が振られているが、「どこどこにて」ではなく、例えば「イルクーツクへ」や「アムステルダムへ」であり、最後の章だけ「どこでもない町へ」となっている。
私はある書評で読んで最初から知っていたのだが、何故主人公は2人称であるのか、そして何故この旅は延々と続いて行くのかについての謎が終盤で解き明かされることになる。
私はそれぞれの章の夢のような(いやむしろ悪夢のような)不思議でイミシンな物語を楽しみながら、最終的な謎解きがどうなるのかが気になって仕方がなかった。
しかし、その「謎解き」は私が期待していたような、まるで手品の種明かしのような単純明快なものではなかった。
要するに「旅はどこまでも続いてゆく」というのがモチーフなのである。それが何のメタファーであるのか、あるいはそもそも何かのメタファーなどではないのかは読者の感性に委ねられている。
いや、そもそも「要するに」などという言葉でまとめてしまうには大変ふさわしくない小説なのである。醒めているような眠っているようなこの寝台車の雰囲気に、しっかり身を横たえてみると良い。
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