『海馬 脳は疲れない』池谷 裕二、糸井 重里(書評)
【9月15日特記】 この本は海馬の研究者であり薬学博士である池谷裕二と糸井重里の対談である。
糸井重里ファンには申し訳ないが、読み始めてすぐに思ったのは糸井重里が喋りすぎだと言うことである。
普通こういう対談では「素人の質問者が専門家の話を伺う」というスタイルになるものだ。一方が質問し、他方が答える。答えてもらったことの中で解りにくいことや更に浮かんだ疑問点などをぶつける。それに対して専門家がまた答える──それがこの手の対談の言わば雛形なのである。
ところが糸井は勝手にどんどん喋る。自分の言葉に翻訳する。自分の連想で話題を転じて行く。「これこれと考えてよろしいんでしょうか?」と伺いを立てるのではなく、「これこれなんですよ」と断定してしまう。
数ページ読んだところで糸井がうるさくてたまらなくなった。僕はもっとじっくり専門家の話を聞きたいのである。
ところが一方の専門家である池谷は糸井に話の道筋を乱されても意にも介さず、むしろ興味深そうに話を聞いている。「それはちょっと…」と訂正を入れたり、相手の話を遮ってテーマを元に戻したりしようとはしない。むしろ、「なるほどそれは興味深いですね」風のことを頻繁に言っている。
僕は不思議な2人の組合わせに戸惑いながら、それでも早く専門的な話を聞きたくていらいらしていたのだが、読み進むうちにこの2人の会話が実にスムーズに転がっているのが解ってきた。
途中から池谷がさまざまな写真や教材を使ってどんどん喋りだすのであるが、その話自体も面白いが糸井の反応もまた面白い。そして、糸井が違う方向に話を逸らし、池谷が鷹揚に応じて行く──このペースがなんとも良い!
この対談の中で糸井自身が語っている──「ぼくはあんまり下勉強をせずに」対談に臨み、「ふたりで場をつくる」ことに徹しているそうだ。「編集者が想定している枠にはまるような、予定通りの対談になるくらいなら、『編集者がそういう本を書けばいい』というだけ」とも言っている。そして、それを受けた池谷は、「ええ、ぼくもこの対談をやっていて、そういうところがおもしろいなぁと思っています」と応じている。
この本に書かれている脳に関する話はとても興味深く面白い。しかし、結局のところ僕が一番感じたのはこの2人の対談者の人間的魅力である。
「内容そのものが面白い」とする書評はたくさん出ているので、中にはこんな感想もあって良いだろう。この本の中にも「変わったサルがいないと今の人類はいなかった」と書いてあったから。
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