『麦の海に沈む果実』恩田陸(書評)
【9月8日特記】 この本は恩田陸の小説群の中ではかなり「少女趣味」の色が濃い。そういうものに対して生理的に嫌悪感を抱く人にはもとより薦めるべくもないが、これもまた恩田ワールドのひとつの要素なのである。
もしもこの作品が初めて読む恩田作品であったならば、僕もまた彼女の作品を2度と手に取ることはなかっただろう。
設定自体があまりに非現実的だ、進行する事件が茶番劇だ、最後の謎解きを読んで「それはないだろう!」と思ってしまう…等々、批判はあるだろう。
しかし、こういう少女の白昼夢のような世界でありながら、いや、そういう世界であるからこそ、著者の揺るぎない筆力を感じてしまうのは僕だけではあるまい。
俗界から隔離された全寮制の学園に2月に転向してきた主人公の少女。そこで閉ざされた学園生活を送る生徒たちはそれぞれに秘められた事情があり、またそれぞれが卓越した才能を持っている。そして両性具有といわれる謎の校長。そこで次々に起こる失踪と殺人事件。
──そういう風にあらすじを綴ってしまうと、この本の魅力はちっとも伝わらない。この本の魅力は一つ一つの設定やストーリーではなく、底流となっている統一したムードである。
この底流を安定させる力こそが恩田陸の面目躍如なのである。僕はその底流を楽しんで読むことができた。
ところで、この小説に登場する憂理という名の少女と、「黒と茶の幻想」に登場する憂理はとても同一人物であるとは思えない。ひとえに双方の小説に流れる底流が違いすぎているのである。僕は大人の憂理のほうが好きだ。
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