『よもつひらさか往還』倉橋由美子(書評)
【6月29日特記】 前著『あたりまえのこと』のあとがきを読んで、「もうこの人には小説は書けないのだろうか」と心配したのだが、どうやら健康状態は回復したようだ。
デビュー作から暫くは「党」や「運動」を揶揄する、政治的でやや抽象的な小説を発表し、その後には「性」(ジェンダーではなくセックスのほう)を描くちょっとヤバイ作品があったかと思うと、いつのまにか日本文化の深い境地にまで達してしまった多才な作家である。
この短編集では『夢の浮橋』以来おなじみの登場人物を配しながら、時に幻想的で時に鬼気迫る「おはなし」が展開される。本文中にも2度言及されているが、中国の古典幻想小説集「聊斎志異」を意識しているようだ。
近年の倉橋作品すべてに共通することだが、詩歌や漢籍、書画骨董にいたるまでありとあらゆる古典からの引用が多く、これにちゃんとついて行ける読者は少ないのではないだろうか。
しかし、それでもこの酩酊気味の妖艶な奇譚集の雰囲気は充分に楽しめるし、不思議に衒学的な印象は受けない。なんと表現したら良いのだろう?――酔生夢譚、幻想小説、生死と性愛を巡る冒険、いやいや、私ごときが下手に言葉を弄するのはやめておこう。
読書の楽しみの一つは、自分より遥かに高い「高み」に触れて届かぬ感慨を手にすることなのだから。
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