『プレーンソング』保坂和志(書評)
【6月8日特記】 とある大書店にこの本が平積みされていて、「最初の段落だけ読んでみて気に入ったら買ってください」みたいな手書きのPOPが添えてあった。僕はまんまとそれに嵌って買ってしまったのである。
その部分をそのまま引用してみる。
一緒に住もうと思っていた女の子がいたから、仕事でふらりと出掛けていった西武池袋線の中村橋という駅の前にあった不動産屋で見つけた2LDKの部屋を借りることにしたのだけれど、引っ越しをするより先にふられてしまったので、その部屋に一人で住むことになった
これでひとつの段落である。句点を配することなく、読点でだらだら繋いで、「ふられた」ことによる感情の起伏については全く触れないまま、さらりと、と言うか飄々と、のっぺりと続いてゆく。最初から最後までこういう文体である。
だから全体的に長い文ばかりの構成になっているのだが、その割には読んでいても混乱することなくすっと頭に入ってくる。これは日本語の基礎的な書き方がしっかり身についている証拠である。加えて独特のリズムも生み出している。
話の中身も一から十までこんな具合で、ゆったりと、と言うか、やっぱり飄々と、のっぺりと続いてゆく。何が起こるわけでもない(しかも結末まで)。でも独特な味があり、しっかりした読後感を残してくれる。
言うなれば「山なし、オチなし、(しかし)意味あり」という感じ。
巻末に四方田犬彦による解説が載っているのだが、これがこの作品の魅力を余すところなく分析している。僕はこれまでにこんなに見事な「解説」を読んだことがない。
本についていた帯には、「こんなふうに若さを描く作家がいたんだ。この不思議な存在感」とあるが、まさにそんな感じ。
そういえば、中公文庫なんて読むのはホントに久しぶりだが、「中公文庫も捨てたもんじゃないな」と変なことにまで感心してしまう本でした。
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