『目かくし』シリ・ハストヴェット(書評)
【5月11日特記】 シリ・ハストヴェットはポール・オースター夫人である前にシリ・ハストヴェットなのである。そのことを一番感じさせられた。
僕も含めて多くの人が「へえ、オースターの奥さんか」と思ってこの本を手に取ったのではないだろうか。その場で少し読んでみて面白そうだからレジに持って行く。帰って読む。そして、読み終えた頃には彼女が誰の夫人であろうとどうでも良くなっているはずである。
映画的と言うか、読んでいて映像が浮かんでくる文章展開はオースターにも通じるところがあるし、読み進むに連れて、この人とオースターが結婚するのも解るような気がする。しかし、心の奥深いところに潜入して行く鋭い観察眼は明らかにオースター以上であるし、彼女を評するのにこれ以上オースターの名を並べるのは失礼であり、またその必要もない。
繊細な心を持つ主人公アイリスは、様々な人たちに出会い、そして、世俗的で悪意のある言い方をすれば、少しずつ「病んで」行く。その進行の過程が静かにひんやりと語られて行く。
その筆致は確かである。そして、ちょっと怖い本である。
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