Main | March 2002 »

Saturday, February 16, 2002

『学問のすヽめ』福沢諭吉(書評)

【2月16日特記】 書かれた時代から何年経っても色あせないのが「古典」だと言う人がいるが、実はそれは嘘で、本来は若干の色あせ具合を楽しみながら読むのが「古典」である。

ところが、この稀代の名著は今読んでも全く色あせていない。まさに今こそ手にとって読むべき書である。

Continue reading "『学問のすヽめ』福沢諭吉(書評)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

『ミスター・ヴァーティゴ』ポール・オースター(書評)

【2月16日特記】 確かにいつもの柴田元幸の翻訳によるいつものポール・オースターではある。しかし、オースターがこれほどメルヘンであったことがあるだろうか?

オースターにはデビュー以来一貫しておとぎ話的なところはある。しかし、決してメルヘン的ではなかった。たとえオースター・ファンであっても、「メルヘンはちょっと、敵わないな」という人はお読みにならないほうが良いかもしれない。

Continue reading "『ミスター・ヴァーティゴ』ポール・オースター(書評)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

『イチローUSA語録』デイヴィッド・シールズ編(書評)

【2月16日特記】 野球ファンが英語の勉強になる本である。

この本の何が良いって、これはイチロー自身が話した英語を載せているのではなく、イチローが喋った日本語を英語に翻訳した記事を集めてあるということだ。つまり日本人英語ではなく、ちゃんとしたアメリカ英語であり、しかも必然的に会話体のものが多い。日米両文が併記されており翻訳の勉強になるし、英語らしい表現もふんだんに出てくる。

Continue reading "『イチローUSA語録』デイヴィッド・シールズ編(書評)"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Friday, February 15, 2002

『センセイの鞄』川上弘美(書評) 

【2月15日特記】 読み始めてすぐに「あ、この文章は僕には書けないな」と思った。

では、他の小説を読んだ時には、「これなら僕でも書ける」と思うのかと言われればそういう訳でもないが、逆に「これは自分には書けない」と思わせる小説にも滅多に巡り会えるものではない。巧い文章というものは存外「巧い」と感じさせないものだ。感じさせても、せいぜいそれは「この比喩は巧い」といった、あくまで部分的な巧さだ。

僕がこの小説を自分では書けないと思うのは、それが巧いからではなく、あるいはそれが巧いからだけではなく、僕が見ていないものをこの人が見ているからだ。

Continue reading "『センセイの鞄』川上弘美(書評) "

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Main | March 2002 »