Saturday, December 29, 2018

ライ麦畑でつかまって

【12月29日 転記】 大学1年の時に「英文学」の講義を取った。当たり前のことなのかどうなのかは判らないが、教室に集まった学生の大半は文学部生のようで、経済学部から参加しているのは僕ぐらいのものだった。

あくまで感じなので具体的にどうとは言いにくいのだが、彼らは僕が経済学部で遭遇する学生たちとちょっと感じが違った。そして、経済学部で経済学の話をしているのはほんの一部の学生でしかないが、教官が現れるまでの間、彼らはみんな、口々にずっと文学の話をしているのである。

「そうじゃなくてヘムはさあ…」

と、僕の前の列に座っている女子学生が言っている。

ヘムって何だろう? まさかヘモグロビンじゃないよね? と僕は思う。

聞き耳を立てていると、やがてそれがヘミングウェイのことだと判る。ふーん。僕は感心する。不思議に嫌味には感じない。そうこうしていると女性の教官が入って来た。

教材は Contemporary American Jewish Writers という短編集だった。その本で僕はジェローム・D・サリンジャーに出会った。そして捕まった。

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Wednesday, December 26, 2018

『ファーストラヴ』島本理生(書評)

【12月25日 記】 島本理生の第159回直木三十五賞受賞作品である。僕にとっては『ナラタージュ』以来13年4ヶ月ぶりの島本理生。

『ナラタージュ』の頃とは随分違うという話は聞いていたが、読んでみて確かに違う気がして驚いた。

例によって13年前の記憶はほとんどないのだが、読み始めてまず思ったのは、はて、こんなに文章の巧い作家だったっけ?ということ。

文章が巧いというのは必ずしも気の利いたフレーズや切れ味の良い表現を多用するということではない。基本的には読みやすく引っかからずにスラスラ読める文章であること、とりたてて「巧い」と思わせないこと、小説の背後にいる小説家の存在を感じさせないことだと僕は思っている。

前に読んだ時は、背後の書き手の逡巡まで伝わってきて、随分と引っかかりながら読んだような気がする。それが今回はまことにスムーズに読める。物語が自然に転がって行く。

『ナラタージュ』の時よりも、明らかにくっきりとストーリーが浮き彫りになっている。

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Monday, December 10, 2018

『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』J.D.サリンジャー(書評)

【12月10日 記】 サリンジャーのファンなら長年求めていた本であるはずだ。雑誌には発表されたが単行本にはならなかった9作の短編/中編がここには収められている。

サリンジャーは僕よりずっと年上だから、僕は発表当時に彼の作品に触れたわけではない。大学に入るまで僕はサリンジャーを知らなかった。

教養課程の選択科目で「英文学」を履修したら、前期の教科書が "American Jewish Writers"という短編集で、そこに The Laghing Man が載っていた。あれはどちらかと言えば、サリンジャーの技巧的な部分が色濃く表れた作品だと思う。

それに惹かれて(時期は忘れてしまったが)『笑い男』が収めれれている『ナイン・ストーリーズ』を全部読んでみた。

後期の教科書はこれまたサリンジャーの Franny and Zooey だった。この本にガツンと殴られたようなショックを覚えて、漸く『ライ麦畑でつかまえて』に手を出すことになる。

僕が大学時代に小説を書いたりしたのは、まぎれもなくサリンジャーみたいな小説が書きたかったからなのだ、と今では思う。これはこれこれだからこうだ、と理路整然と語れないような何か、曰く言い難い何かを書くのがサリンジャーだった。そして、それこそが作家の仕事だと僕は思った。

『ライ麦畑』はもちろん野崎孝訳で読んだのだが、後に村上春樹訳が出たときにも当然読み直しているし、その時に両者の訳の違いが知りたくて、改めて原文で全文を読み直してみたりもした

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Tuesday, December 04, 2018

『音楽理論がおもしろくなる方法と音勘を増やすコツ』いちむらまさき(書評)

【12月2日 記】 久しぶりに入ったリアル書店でふと目に留まって、立ち読みしたら面白いので買ってしまった。家に帰るまで全く気づいていなかったのだが、著者はいちむらまさき。ギターやウクレレのたくさんの教則本を書いている人で、僕はこの人の本を持っている:

『ウクレレ上達100の裏ワザ』──このウクレレ教則本は却々実戦的な名著である。

この人が書いた別の音楽理論めいた本を以前手に取ったことがあるのだが、それはどっちかと言うとちょっと何だかなあという感じだったのだが、この本はよくできている。

我流で楽器を始めてしばらくすると、まあ人にもよるが、理論的にはどういうことになっているのかをもう少し学びたくなる。まずはコード理論だろう。

そんな時にまかり間違ってジャズ系の本を買ってしまうと、最初の数ページは良いのだが、だんだん難しくなって訳が分からなくなるような経験をした人は多いのではないだろうか。

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Thursday, November 08, 2018

『一億円のさようなら』白石一文(書評)

【11月8日 記】 白石一文の小説を読むのはこれが5作目である。例によってタイトルは幾分リズムが悪く、要領を得ない、と言うか、タイトルから中身を想像することができないのである。そして、例によって不思議な設定。

結婚して 20年になる妻に、実は何十億円もの隠し財産があった。それは2人が結婚する前からあったお金で、そのことをずっと妻は隠していた。

どうして、妻はそのお金に全く手をつけず、自分自身にも夫にも子どもたちにもつましい暮らしをさせてきたのか? 今思えば、自分が最初の会社を追われ、親戚を頼って福岡に引っ越すしかなくなった時に、どうしてそのお金のことを言ってくれなかったのか?

そんなことを考えていると、主人公の鉄平の心に妻に対する疑心暗鬼がにわかに生じてきた。

とまあ、出だしはとてもスリリングな展開。でも、そこからいろいろあって、鉄平が意を決して福岡を離れひとりで金沢に移り新しい生活を始めるに至って、今までのストーリーの流れは一旦忘れたかのように、淡々と新しい場所での新しいストーリーがが始まる。

そういう展開がなんだか面白くもあるが、一方でなんだかかったるくもある。

かったるいと言えば、そこにどんな建物があって、どんな川が流れ、どんな雪が降って、という風景の描写は多いが、心理描写はあまりない。源氏物語のように悲しいときには暗く沈んだ風景、心躍るときには明るい風景といった情景一致にもなっていない。

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Monday, October 22, 2018

『シングル&シンプル マーケティング』本間充(書評)

【10月22日 記】 こういう書き方をすると大変失礼だが、最新のマーケティング本だと思って読んだら、最後まで読んで「なぁんだ、当たり前のことしか書いてないじゃん」という感じの本なのである。

そして、それこそがまさにこの本の言わんとするべきことなのだと思った。何故こんな当たり前のことがちゃんとやれないかと言えば、それは著者が言うように、

「過去の成功体験が大きいマーケターには、理解しにくい時代」になった(p.31)

からなのである。

この本には難しい概念図やお題目めいた箇条書き、偉そうに公式めいたまとめなどがほとんど出てこない(唯一、「シングル&シンプル マーケティングの1D2P1V」というのがあるが)。ここにはただ、

現在のマーケティングでは、お客様、ターゲットの理解が、非常に重要なプロセス、活動になっていることがわかるでしょう。(p.67)

というような、解りやすい表現が、しかし、じゃあ具体的にはどうすれば良いの?と訊きたくなるような文章が並んでいるだけなのである。

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Sunday, September 23, 2018

書き直しの効能

【9月23日 記】 文章を書いてみて、一応書き終えたつもりなのだけれど、どうもあんまりうまく書けていない気がする、なんてことは誰にでもあることだろうし、僕の場合もしょっちゅうある。

それで、時間がある場合はそこからさらに一生懸命こねくり回したりするわけだが、それで文章がすっきりと締まってくることはめったにない。で、結局は仕方なく無理やりそこで「完成品」にしてしまうわけである。

9/15 に「内田けんじと上田慎一郎」のタイトルで書いた文章もまさにその類だった。

で、この文章に書いた内容については、facebook にも上げておきたいと思った。ちなみに、僕は、ブログは不特定多数の皆さんへの、facebook は少数の直接的な知り合いへのメッセージだと思っている。

だから、同じテーマで書く場合も通常は別の文章を認めることにしている。

ブログの読者層は、こちらからは全然見えないのだが、facebook の「友達」についてはなんとなく傾向が見える。①『カメラを止めるな!』を観た人は相当多い。②たくさん映画を観ている人も何人かいるが、そういう人はそれほど多くはない。

そういうわけで、facebook のほうは映画についてあまり分析的にならず、あまり細かいことを書かず、『運命じゃない人』と『カメラを止めるな!』の類似点に絞って書こうと思った。

それで書いてみると、ブログに書いた文章よりはるかに整理がついていて分かりやすい。考えてみれば、書き直したら整理がつくのは当たり前である。それで、結局その文章を facebook に上げた後、それをまるごとコピペして、元のブログの文章に上書きしてしまった。

それが今の記事である。

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Thursday, September 20, 2018

『寝ても覚めても』柴崎友香(書評)

【9月20日 記】 映画を先に観た。だから、どうしても映画との比較が感想の中心になってしまう。

濱口竜介が監督を務めた映画はかなり原作を書き換えていた。和歌山が北海道に変わっている、とか言う話ではない。へえ、こんなに違うのか、と思うほど、根本的に変わっている部分がある。

もちろん、長編小説を映画化する場合、通常はそのままでは劇場用映画のスタンダードである 2時間前後の枠には収まらない。

だから、長い原作の一部分を切り落として(あるいは逆に一部分を切り取ってそれを)映画化するか、それとも設定や進行を書き換えて捻って繋げるみたいなことをするか、通常はその両方をやることになる。

ただ、これくらい大きく触ると、原作者によっては激怒する人もいるんだろうな、と思うほど、いろんなところが、と言うより、いろんな面で原作とは違うものになっている気がした。

冒頭から言うと、麦と朝子の出会い方からして全く違う。おまけに小説のほうはどうでも良い周辺の描写がいつまでもぐるぐる回って、却々先に進んでくれない。僕は(映画を観た後だったのでなおさら)読んでいて「よし、これでこそ柴崎友香だ!」と嬉しくなった(などと言いながら、実はまだ柴崎友香を読むのは2冊目なのだが)。

濱口監督は原作小説を「細密な日常描写と、突然訪れる荒唐無稽な展開」と分析している。なるほど、彼はそういう読み方をしたんだろうな。だから、ああいう映画になったのだと思う。

僕の感じ方は少し違った。確かに細密な日常描写と突然訪れる荒唐無稽な展開がそこにはある。ただ、濱口監督の映画では、その荒唐無稽な展開によってそれまでの日常はボロボロに破壊されてしまう。

それに対してこの原作小説では、荒唐無稽な展開の後、まるで何ごともなかったかのように、いや、と言うか、何があったって日常は日常だと言わんばかりに、やっぱり日常が戻ってくる。それが元の日常なのか新たな日常なのかは判らないが。

映画は荒唐無稽な展開に焦点を当てている。だから、怖い。

けれど、原作小説の重みは、僕はこのだらだらとした日常描写にあると思う。

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Thursday, September 13, 2018

『徹底理解 ブロックチェーン』Daniel Drescher著、株式会社クイープ訳(書評)

【9月13日 記】 インプレスが出しているブロックチェーンの解説書である。

絶妙の比喩を使ってめちゃくちゃ解りやすいという話を聞いて入手した。著者は「はじめに」で「数学や数式は含まない」と宣言しており、Stepごとに確かに解りやすい比喩が用意されていてとっつきが良い。

それに、何かと言えばビットコインの話になってしまうブロックチェーンについて、まずはビットコインと全然関係のない概念説明から入っているところが良い。

と言うか、この本は最初から最後までブロックチェーン技術の概念を理解させるためのものなのである。

でも、逆に言うと、そこに落とし穴があるのも事実で、確かに最初は読みやすくてスルスルと頭に入ってくるのだが、数学や数式もなく比喩を使った概念の話が延々と続くと、やっぱり人は飽きてきて眠くなってしまったりするものである。

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Tuesday, September 04, 2018

『迷子のコピーライター』日下慶太(書評)

【9月4日 記】 不思議な本である。商店街ポスター展の仕掛け人として大いに成功を遂げたコピーライターの本だと聞けば、(まあ、タイトルはちょっと変わってはいるが)多分広告のノウハウ本だと思う人が多いだろう。

ちょっと異色っぽい人のようだから奇を衒った書き出しをしたのかもしれないが、そのうちに「広告で忘れてはいけないたったひとつの原則」とか「コピーライティングの3つの要素」とかいうようなものが出てくるのではないかと思ったりするのだが、これが全くない。

出だしは自伝である。いや、小説である。いや、作者が自分のことを書いた文章だから自伝か小説かじゃなくて、つまり自伝小説なのだが、小説であることを強調したいのはそれだけ面白いということだ。

著者は電通に就職が決まってからユーラシア大陸横断の卒業旅行に行く。で、そもそも「おいおい」と嗜めたくなるくらい世の中を舐めているから、あちこちでひどい目に遭う。このひどい目に遭う記述が結構面白いし心配にもなる。そして、その一方で日本では知ることのできないきれいな景色も見る。

何度も痛い目に遭い美しいものに触れるうちに、視野が狭いくせに謙虚さを知らなかった若者も、次第に世界の大きさに気づき、その一方で自分に自信をなくし、ひいては広告というものに対しても懐疑的になってしまう。

なんとかかんとか帰ってきて無事に就職はしたが、「これでいいのか」という思いが強く、自分ひとりが浮いている。

でも、そこからが彼の才能なのか強運なのか、来た仕事をこなしているとなんだか知らないけれど大きな広告賞を立て続けに獲ってしまう。

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