Wednesday, November 13, 2013

『天使エスメラルダ 9つの物語』ドン・デリーロ(書評)

【11月13日特記】 もちろん短編には短編の良さがあるのは認める。しかし、僕は長編を浴びるように読みたいのだ。とは言え、読みたい長編が見つからない時に好きな作家の短編集を見つけてしまうとついつい買ってしまうのである。

読んでそんなに不満が残るわけではない。ただ、短編は一瞬の斬れ味を愉しむものであり、全体として振り返ってみるとやはり軽い。読んだ後、消えてしまうまでの寿命が短いのである。

この短編集にも同じことが言える。

訳者あとがきは「本書を手に取った読者は幸せである」と、如何にも値打ちこいた書き出しで始まっている。この短編集には「デリーロの作品を読むことで得られる深い喜びが、圧縮された形で詰め込まれている」として、訳者は1つずつの作品を分析して見せる。

その分析は見事なものである。それぞれの作品をデリーロの長年のテーマや過去の長編作品のエッセンスになぞらえらたり当てはめたりして行く。

そう、短編って、こんな風にいちいち「解題」したくなるものなのである。

だが、解題できてしまうようではデリーロの魅力を味わったということにはならないのではないか、というのが僕の感じ方である。

もう分析も抽出もできないくらい、あまりに膨大で難解なものが複雑に絡み合って雪崩のように襲いかかってくるのがデリーロ作品の真骨頂なのである。

だから僕は、訳者が言うように、この300ページ足らずの短編集が800ページの『アンダーワールド』を読むことを躊躇する読者にとってのデリーロ入門書となるとは思わない。もし読むのであれば、最初に800ページの『アンダーワールド』にまず打たれて倒れることを僕はお勧めする。

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Saturday, October 19, 2013

『ルドヴィカがいる』平山瑞穂(書評)

【10月19日特記】 ああ、なるほど、この人はこういう作品を書くのか、と思った。というのも僕が読んだ平山瑞穂は『有村ちさとによると世界は』と『プロトコル』という「有村ちさと」もの2作だけだったからある。

しかし、どうやらこれらの作品は平山の中心的な路線ではないらしく、そもそもは「ファンタジーノベル大賞」なるものを受賞して世に出てきた作家である──というようなことを、有村ちさとを読んだ後になって僕は知ったのである。

実はそれ以来この作家のことは忘れてしまっていたのだが、先日不意にリアル書店でこの書籍に出会い、宣伝文句に惹かれて買ってみた次第である。

で、これはやっぱりファンタジーとかミステリとか言われるジャンルなのだろうけれど、いやいや却々一筋縄では行かないのである。

主人公は伊豆浜という売れない中年作家。本業が売れないので、週刊誌等のインタビュー記事のライターをして糊口を凌いでいる。その伊豆浜が「鍵盤王子」の異名を取る人気のイケメン・ピアニスト荻須晶のインタービュー記事を書いたきっかけで、急に荻須が近づいてくる。

唐突に北軽井沢の荻須の別荘に招かれた伊豆浜は、ひとりで行くのも気が引けたので、若い友人である白石もえを同伴する。もえは「なんちゃってIT系」に勤務するちょっと変わった女性である。伊豆浜とも微妙な関係で、ときどきセックスもしている。

そこで出会ったのが荻須晶の姉・水(みず)で、彼女は意味不明の壊れた日本語を喋る。どう見ても脳のどこかが壊れている。その水が行方不明になり、何故か伊豆浜がその捜索を頼まれ、もえと2人で再び北軽に赴き…、というドラマである。

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Sunday, September 29, 2013

『昭和ことば辞典』大平一枝(書評)

【9月29日特記】 なんとなく宣伝文句に釣られてネットで買ったものの、本が家に届いて開いてみた瞬間に「しまった!」と思った。どうも思ったほど面白そうな本ではなさそうなのだ。

昭和10~40年代の日本映画のセリフの中から蒐集したと言うのだが、まあ読んでいる僕の年代のせいもあるのだろうけれど、ここに採録されている昭和ことばで、僕が知らないものがないのである。きれいさっぱり忘れている表現も少ない。だから読んでも驚きがない。再発見もない。

はて、困った本を買ってしまったものだと嘆きつつも、一応最初からページを繰っていくと、いやなに、これが却々棄てたものではなかった。

著者が言葉を拾い集めている姿勢が楽しいのである。いきなり目次のところに「言葉が火に油を注ぐこともあるのでご注意ください」云々の注意書きがある。その通りである。そして、冒頭にわざわざそんなことが書いてあるところに、著者の良識と茶目っ気の両方が感じられる。

中盤には「昭和と言っても64年もある」との記述もある。自分が立ち向かうには対象が大きすぎるとも読めるし、断定してしまう人は心が狭すぎるとも読める。この辺が面白い。

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Friday, September 20, 2013

『憤死』綿矢りさ(書評)

【9月20日特記】 僕は巧い作家が好きだ(本来は巧くない作家なんて存在してはいけないのだが)。そうなると、勢い「書ける」何人かの作家を繰り返し読むことになる。

まだそれほど読んではいないけれど、綿矢りさはそういう作家のひとりである。この年齢の作家としては恐ろしく「書ける」作家である。

『蹴りたい背中』の冒頭の「さびしさは鳴る」に代表されるように、彼女は最初の1行に全身全霊を注ぎ込んで凝りに凝る人である。その後の作品でも「さびしさは鳴る」ほどの切れる隠喩ではなくとも、考えたんだろうなと思う書き出しの作品は多い。

ところが、この短篇集に収められた4篇はいずれもそういう形のオープニングを持っていない。もっとありふれた、と言うか、いきなりストーリーを転がし始める展開になっている。

明らかに、これは今まで僕が読んできた綿矢りさではない。

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Tuesday, September 10, 2013

『快挙』白石一文(書評)

【9月10日特記】 白石一文の文章には、如何にも作家らしい凝った表現というものがどこにも出てこない。しかし、構成力のある、とても巧い作家なのである。

僕はわずかに『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』と『翼』を読んだのみなのであるが、やっぱりこの人はこんな風に曰く言いがたく巧いのである、と思った。そして、書くたびに、年を経るたびにまた腕を上げたなあ、という気がする。

これは良い小説である。とても良い小説である。

──読み終えて最初に思ったのはそういうことだ。

自分の書いたものを読み返してみて、僕はあまり「良い小説」という表現を使っていないことに気づいた。そう、小説に良いも悪いもあるものか。面白いか面白くないか、うまく書けているか書けていないかだ、と思っている。

でも、この作品にだけは「良い小説」という表現を使いたい。「良い」という以上に読後感にぴったり来る表現がないのである。

これは夫婦の話である。と言うと、人によって思い浮かべるイメージは異なるのだろうが、決して甘ったるいストーリーでもなければ、その対極を行くような凄まじい展開の浅ましい物語でもない。

夫婦の情愛、などと言ってしまうと一気に安っぽくなってしまうが、夫婦の情愛について書かれた物語だとしか言いようがない。それはまさに夫婦であって、夫婦でなければこういう形にはならない情愛なのである。

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Monday, September 02, 2013

『ユーザーファースト』友澤大輔(書評)

【9月2日特記】 Yahoo Japan のマーケティングイノベーション室長が書いた本だが、別に面白い本ではない。目から鱗が落ちるようなことが書いてあるわけではない。

いや、それは僕がたまたまこういう世界に近いところにいるのでそう思うだけで(ちなみに僕はこの友澤さんという人にお会いしたことはない)、そうでない人が読むと結構面白いのかもしれないし、目から鱗が落ちるのかもしれない。

ただ、面白いか面白くないかは別として、良質の本だと思う。インターネットとテレビを取り巻くマーケティングの現状を解りやすくまとめてある。網羅感はないのだけれど、適切な例を抜き出して象徴的にまとめてある。一人をのぞいて適切な人にインタビューして現状を炙りだしている。

問題点をえぐりだしてはいないが、問題点をきれいに並べ立ててある。それだけと言えばそれだけなのだが、そういうことをこんな風に読みやすくまとめてくれている本はそんなに多くはない。

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Saturday, August 17, 2013

『三文未来の家庭訪問』庄司創(漫画評)

【8月17日特記】 4/17の記事でもう1作 Kindle Fire に落としてあると書いた『三文未来の家庭訪問』を、『ソラニン』を読み終えた勢いで一気に読みきってしまった。

ものすごく深い。結局もう一度読まないとなんだか解らないところがあって、最初から最後まで読み返してしまった。

僕はこの作品を何で知ったのかもう思い出せない。庄司創という作家が漫画界にあってどれほどの地位にいるのか、この作品がどのくらい評価され人気があるのか全く知らないのだが、なんだか引き込まれてしまった。

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『ソラニン』浅野いにお(漫画評)

【8月17日特記】 4/17の記事で Kindle Fire で読み始めたことを書いたが、2巻の途中まで読んだところで忘れてしまって放ったらかしになっていた。電子書籍の場合は、紙の本のように身近なところで体積を以って自己主張して来ないので、こういうことが起こる。

思い出して読み終えたので、少しだけ書いておく。

この作品は映画を先に観て、知人から「原作も是非読んでほしい。2巻しかないのですぐに読めるから」と言われて読み始めたのである。

で、改めて思ったのは、あの映画が如何に原作に忠実に作ってあったか!ということである。いや、細かいところではいろいろ違いもあるだろう。だが、作品の持つムードと言うか、登場人物を取り巻くさまざまな環境の、言わば温度や濃度、湿度などを見事に再現していると思う。

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Friday, August 16, 2013

『キミトピア』舞城王太郎(書評)

【8月16日特記】 書き下ろし3編を含む7つの作品からなる短編集。短編集と言っても小さな活字で合計400ページを超える分量だから、それぞれの作品も決して短くない。

僕は舞城王太郎の熱狂的なファンというわけではないが、それなりに好きでちょこちょこ読んではいる。そんな中、今回は今まで知らなかった舞城王太郎との出会いの連続で、彼の力量に改めて驚かされてしまった。

初っ端の『やさしナリン』なんて、作家名を明かされずに読んだら、まさか舞城作品だなんて思わないだろう。

「普通名詞というのは抽象的概念と同じで、それそのものとしては実在しない」という、色彩を抑えた硬い書き出しで始まる『やさしナリン』は、主人公・中辻櫛子と彼女の夫、そしてその親族たちとの心の行き違いの物語である。舞城らしい非日常的な事件はあまり派手には起こらない。

そこでは名前の問題から始まって、名付け/ネーミングについて、そして、生きて行く上でものごとをどう規定するかという非常に日常的な問題を取り上げている。会話や発想のズレが如何にもありそうな話なのである。

櫛子は極めて論理的な女性だ。正しいことを言っている。なのに、あるいは、だからこそ、夫や義妹たちはそれを感情的に受け入れられない。読者によっては彼らと同じように櫛子に反感を持つ人もいるのかもしれないが、僕は彼女に圧倒的な共感を覚えた。

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Wednesday, July 17, 2013

『想像ラジオ』いとうせいこう(書評)

【7月17日特記】 いとうせいこうの小説を読むのは処女作の『ノーライフキング』以来だから四半世紀ぶりということになる。奇しくもそのいとうせいこうがこの作品で芥川賞を獲り逃した日に、僕はこの小説を読み終えて書評を書いている。

最初の感想としては、ずいぶん難しいものを題材に選んだなあということ。時宜を得ているだけに、なおさら難しい題材である。

話はいきなり「想像ラジオ」のアークっていう男のDJから始まる。それが何なのかは最初は全然わからない。ラジオって名がついているけど、どうもラジオではない。それを聴くのにラジオという機械を必要としないのだから。

そして、杉の木のてっぺんにひっかかってしゃべり続けているDJアークなる人物が何者なのかも分からない。しかし、読んでいるうちにそれが、東日本大震災の津波の被災者だと分かる。

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