Thursday, December 16, 2010

『日本語 語感の辞典』中村明(書評)

【12月16日特記】 収録語数は約1万語──国語の辞書としては如何にも貧弱である。にも拘わらず僕がこれを買い入れたのは、この辞書を引こうと思ったからではなく、これを読もうと思ったからである。直感的に、これは読んで面白い本だろうという気がしたからである。

言葉というものは、ひたすら実用を追い求めていると実はあまり身につかないものである。必要なときに必要な意味を確かめるのではなく、ただ何の必要もなくそぞろ読むのが多分この本の正しい使い方なのではないかと思ったのである。

果たして現物が届いて座右に置いてみると、思ったよりも引き甲斐のある辞書ではないか。考えて見ればそりゃそうである。一口に1万語と言ってしまうと少ないように思えても、類義語がない単語は最初から除外される訳で、ニュアンスに迷う例は意外に網羅されているのである。

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『原稿零枚日記』小川洋子(書評)

【12月16日特記】 連作短編である。いくつもの話が書かれているが主人公は同じであり、時系列的に繋がっている。それが「日記」と名付けられた所以である。

ただし、日記と言っても毎日記されているのではない。冒頭の「九月のある日(金)」から始まって、その後ずっと同じパタンが続く。時々「次の日(○)」という短い後日談が挟まれる。

主人公は作家である。既に名をなした作家ではない。何かを物しようとしてまだろくに書けずにいるので、正確には作家の卵と言うべきなのかもしれない。では、彼女は何で生計を立てているかと言えば、「あらすじ」である。

他人の書いた文章をあらすじにまとめたり、そのあらすじを他人に読んで聞かせたりするという、まことに不思議な生業である。

そして、各章は必ず「(原稿零枚)」で締められる。今日もまた1枚も書けなかったということである。あまりに書けないので、役場の「生活改善課」の指導を受けていたりもする。1日だけ何枚か書けた日があったが、次の日、それは零枚になった。

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Wednesday, December 01, 2010

『街場のメディア論』内田樹(書評)

【12月1日特記】 僕が初めて内田樹を読んだのはいつのことだったか。そして、あれから彼の著作を何作読んだことか。

あの頃の彼はまだ一部の読書家が密かに愛好するちょっと変わった物書きにすぎなかった。そして当時彼は自分が如何に貧乏な学者かということを、いや、実際には食うや食わずということでもなかったんだろうけれど、本を書いて手に入れたお金なんてちょっと本を買ったらすぐになくなってしまうということを切々と書き綴っていた記憶がある。

その彼が、ここのところ出す本出す本が悉く評判になり売れるようになって、今はどういう気持ちで書いているのかなと、僕なんぞはついついお節介なことを考えたりするのである。

特に今回は、彼個別のケースとは逆に、世の中全体としては本が売れなくなってしまった──それは何故か、ということをテーマとして含んでいるのである。これは極めて皮肉であり、ある意味内田的なテーマであるとも言える。

僕は生来マイナー指向の、と言うか、人によっては「ひねくれた」と言われる読者で、「売れてくると嫌になる」傾向がある。しかし、こと内田に対しては全くそういうことにはならない。何故かと言えばそれはとても簡単なことで、つまり、何度読んでも面白いからである。

どこがどう面白いかと言えば、ひとつには我々が却々気づかなかったりついつい見落としてしまったりする切り口であり発想であり、そしてもうひとつは揺るがない論理性と穏当な妥当性によるものである。

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Monday, November 22, 2010

『有村ちさとによると世界は』平山瑞穂(書評)

【11月22日特記】 本屋で手に取るまでは全然知らない作家の聞いたこともない小説だった。ただ、このタイトルである。

これは誰が読んでもジョン・アーヴィングの『ガープの世界』(The World According To Garp)を踏まえているのは明らかではないか(もっともアーヴィングを知らない人がそう思う訳もないが)。そういう作家なら信頼できる──そう閃いてレジに直行した。

読んでみたら果たしてなんと達者な書き手であることか。なんと豊かな表現力であることか。すっかりファンになってしまった。

タイトル通り有村ちさとを語り手とする短編連作である。4つのパートには「章」という言葉を宛てずに「ハイパー・プロトコル Ver.1.0~4.0」という表記を採っている。このプロトコルという単語を持ってきたところが絶妙であると思う。

これはちさとが生きて行くための言わば「手順」や「とりきめ」を記した物語なのである。「外交儀礼」という意味もある。

日本ではもっぱらコンピュータ用語として使われているところなど、生真面目OLと規定された主人公に如何にもふさわしい言葉選びではないか。そして、ただのプロトコルではなく、ハイパーという接頭語を冠しているところにたくさんの解釈の余地があり、それがまた楽しい。

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『未来型サバイバル音楽論』津田大介+牧村憲一(書評)

【11月22日特記】 これは却々の良書である。音楽ビジネスの歴史書としても、現状分析としても、そしてその打開策の提言としても──。何故なら、そういうことがちゃんと解っていて、できる人が書いているからである。

津田大介氏と言えば今や twitter を代表する人物というイメージが強いが、この人は元々音楽系のライターであり、そこから著作権やIT関連にフィールドを広げて行った人である。

単なるリスナーとして積み重ねた経験に物書きとしての知見を重ね、音楽については依然として深い造詣を保持している。いや、と言うよりも、この本を読んで改めて「ああ、この人は音楽にこんなに詳しい人だったのか」と気づかされるのである。

そして、牧村憲一という人は、ユイ音楽工房を皮切りに名だたる音楽出版社やレーベルの設立運営に参画し、フォークからテクノ、渋谷系までさまざまな音楽状況に関わり続けてきた人である。何と言っても、今日に至るまで常に音楽の最前線にいることに驚かされる。

1973年生まれの津田大介氏と1946年生まれの牧村憲一氏という、世代的にはかなりズレのある2人が、音楽ビジネスに対して非常に近い感性で語り合っているのが面白く、また、だからこそ説得力がある。

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Wednesday, November 10, 2010

『オラクル・ナイト』ポール・オースター(書評)

【11月10日特記】 ポール・オースターを読み始めるといつも途中で、「あれ、オースターってこんなにストーリーが面白い作家だったっけ?」と思ってしまう。

それは多分デビュー作の『孤独の発明』や2作目の『ガラスの街』(もっとも僕が読んだのは柴田元幸訳の『ガラスの街』ではなく、山本楡美子・郷原宏訳の『シティ・オブ・グラス』だったが)あたりの作品の「観念的な」印象が強いからである。

「観念的な」と言うのは、もちろん文体のこともあるが、必ずしも扱うネタが写実的・日常的ではないということである。

彼の作品には必ず少し幻想的・非日常的な影が差している。空想小説と言うまでのことはないのだが、何か少し不思議なことが起こるのである。そして、そこがオースターの巧さであると言えるのだが、読者はそれを決して「そんな馬鹿な」という感じで受け止めたりはしないのである。読者は素直に「ああ、不思議なこともあるもんだ」と感じてしまう。

そして、オースターは実はとてもストーリー回しの巧い作家でもある。この小説の主人公の作家シドニー・オアとは違って実際にいくつか映画の仕事もしているということが関係あるのかないのか判らないが、終盤に急展開してたくさんのいろんなことが畳み掛けるように起こって来るさまは正に映画的である。

こういうことを僕らは読みながら思い出すのである。──ああ、そうだった、ちょっと観念的な印象はあるけど、実は稀代のストーリー・テラーだったんだ、この作家は、と。

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Thursday, November 04, 2010

『ネットテレビの衝撃』志村一隆(書評)

【11月4日特記】 著者の志村さんにいただいて読んだ。

この手の本の命は、1)情報の速さ、2)まとめ方の解りやすさ、であると思う。そして、その2点こそがまさにこの本の「売り」だと言って良いのではないだろうか。

今月(2010年11月)になって発売されたばかりの本だが、その直前9月までの、主にアメリカと日本のテレビと、テレビのコンテンツのインターネット配信の最新の状況をきちんとフォローしてある。そして、下手な価値判断や思い込みもなく現状をまとめることを主眼にしているために、非常に読みやすく解りやすい。

この周辺業界で働いている者にとってはもちろん知らないことのほうが少ないのだが、それでもここまでちゃんと整理された資料は手許にはない。非常に重宝する。

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Friday, October 22, 2010

『勝手にふるえてろ』綿矢りさ(書評)

【10月22日特記】 6年前に初めて読んだとき、おっそろしく文章の書ける作家だと思った。

もちろん「おそろしく文章が書けるわけではない作家」なんて、そもそもその時点で形容矛盾なのだけれど…。しかし、現実にあまり文章が巧いとは言いがたい作家も確かにいて、そういう作家がいることも、そして、そういう作家を好んで読む読者がいることも、それはまあそんなもんで仕方がないとは思うのだが、しかし、そういう作家に文学賞を与えてしまうのは如何なものか、と思っているまさにそういう時に綿矢りさは現れて、そのおっそろしく書けた小説『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞したのであった。

1ページ目の1行目から練りに練った文章で勝負をかけてくる作家で、『蹴りたい背中』の時は「さびしさは鳴る」という暗喩を書き出しに持ってきた。今回も「とどきますか、とどきません」という一見何の変哲もない、しかし、その先を読めばやはり意外に深い比喩であることが判る表現を冒頭に据えてきた。こういう凝った文章を重ねて、積極的に読者の感性に攻め込んで来る作家なのである。

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Wednesday, October 13, 2010

『これからの「正義」の話をしよう』マイケル・サンデル(書評)

【10月13日特記】 NHKの『ハーバード白熱教室』という番組でご覧になった方も多いだろう。そう、あの先生の、あの授業の本である。

もちろん、巻末の「謝辞」で著者も触れているように、本を書くのと講義をするのは同じではない。本にするためにまとめなおした点は多々あるに相違ない。とは言え、あの番組で見られた白熱はそのままこの本の中にあるのである。

しかし、その前に私が感心したのは、何を措いてもこのサンデル教授の一糸乱れぬ論理性である。

徹底的に冷静で、可能な限り網羅的で、一貫性は揺ぎない。書かれている内容の当否を云々する前に、読者が学ぶべきはまずこの論理的思考力なのではないかと思った。

決して相手の発言を遮るような論の進め方はしない。感情に駆り立てられて結論を急ぐ様子もない。一つひとつ物事の問題点を洗い出し、整合性と論理性を繋ぎ合せ、充分に遠回りした上で暫定の結論を据え、そこから更なる高みに我々を導いてくれるのである。

そして、TVをご覧になった方なら本を読まなくても解ってくれるだろう、こうやって冷静に議論することが何と愉しいことか!

我々がまず学ぶべきことは、この論理性と、議論することの楽しさである。日本人はそこから何と遠いところにいるのだろう!

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Friday, September 17, 2010

『「満足」を「感動」に変えるサービス・マインド 』此花あかり(書評)

【9月17日特記】 twitter で知り合った漫画家・此花あかりさんの近著。個人的な知り合いの著書なので、ひょっとしたら少し贔屓目になっているかもしれないが、その点はご容赦いただきたい。

ホスピタリティの専門家である林田正光氏ほかの監修の下に書かれたある種の指南本なので、どうしても少し薬臭い面があるのは仕方がない。でも、僕の場合は「面白かった」というのが読み終えた時の端的な感想だった。

この本は書店のどの棚に並ぶのだろうか? ビジネス書か、漫画か?──多分ビジネス書だろう。しかし、正直言って読む前には、CS(顧客満足度)云々の御託が文章でダラダラ書かれていて、そこにちょこちょこ漫画が挿入されているだけの本だと思い込んでいたのだが、実際はまるで逆だった。

これは初めのページから終わりのページまで全編漫画の本である。そして、各章の「幕間」に、この漫画の主たる登場人物のひとりであるコンサルタント・栗原まゆみの「講座」という形で文章による解説が2~3ページずつ挿入されているのである。

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