Tuesday, April 23, 2019

『錆びた太陽』恩田陸(書評)

【4月23日 記】 直木賞受賞後の長編第一作ということである。今まで恩田陸にあまり馴染みのなかった読者は、直木賞を受賞した『蜜蜂と遠雷』の線を想像したかもしれないが、実は恩田陸の中にはいろんな恩田陸がいる。

SFっぽい話もあれば、魔法みたいな話もある。一見魔法めいていて、実は超現実的なことは取り立てて起こっていない話もある。

人間の心の襞をなでて行くような作品もあれば、少年少女が心踊らせる物語もある。濡れた紙がぺっとりと肌に吸い付くような精緻な描写もあれば、やや隙きがありながらもポップに弾む文章もある。

しかし、それにしてもこの文章にはあまり感心しない。なんだか恩田陸らしくない不完全な感じ。ギャグがすべっている向きもある。そして、ちょっと説明的に過ぎる嫌いのある筆運び。

恐らく原発関連と思われる「最後の事故」によって国土のかなりの部分が立ち入り制限区域となり、7体のロボットだけがそこに駐在して日夜パトロールをしている日本のどこか。そこにある日国税庁から来たと言う変な女がやって来る。名前は財護徳子。

彼女の目的が何なのかよくわからないまま、「ボス」を筆頭とする7体のロボットたちは結局彼女に協力することにする。

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Monday, April 22, 2019

映画『愛がなんだ』

【4月22日 記】 映画『愛がなんだ』を観てきた。今回はいつもみたいに監督で選んだのではなく、完全に岸井ゆきの目当てだ。原作が角田光代の小説であったことも後から知った。

岸井ゆきのの名前がはっきり僕の脳に刻まれたのは、2015年の深夜ドラマ『となりの関くんとるみちゃんの事象』だった。とっても変わった女子高生・るみちゃんのちょっとだけ変わった同級生役。「あ、この娘、いいなあ」と思ったのだが、一方ですぐに消える娘だと思っていた。

ところが、翌年の映画『ピンクとグレー』を観たときに、「あー、この娘、いいわ。生き残るかも」と思った。そう思うと、そのあと同じく深夜ドラマ『神奈川県厚木市 ランドリー茅ヶ崎』への個性的な役柄でのゲスト出演、映画では『二重生活』、『森山中教習所』と、どんどん目に留まる。

そしてついに『おじいちゃん、死んじゃったって。』では主演である。キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!と思った。そして去年の『ここは退屈迎えに来て』があった。

でも、NHKの朝ドラを観ない僕は、彼女が3月で終わった『まんぷく』で大きな役を得てブレイクしたことを知らなかった。

おかげで1席の余地もない満員どころか、立ち見も20人ぐらいいる大盛況だった。

いや、ひょっとしたら、これは岸井ゆきの目当てではなく、共演の成田凌目当ての客が多かったのかもしれない。とにかく女性が7~8割、一部はカップル。ちなみに僕の両隣は若い女性の一人客。あとはおっさんの一人客もちらほら。

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Sunday, April 21, 2019

空気清浄機

【4月21日 記】 空気清浄機を買った。僕は鼻があまりよくないのでそれほど気にならずに生きてきたのだが、嗅覚が非常に鋭い(ゆえにつらい思いをしている)妻がほしいと言うので、これが僕にとっては人生初の空気清浄機でとなった。

最初に驚いたのは、てっきり十何万円するのかと思ったら、そんなにするものではなかったということ。もちろん機能的に最高級のものだとそのくらいするのもあるのかもしれないが、家庭で使うレベルのものであれば、2桁万円ということはないみたいだ。

それから驚いたのは、PM2.5。今回買った機種は PM2.5 も取り除いてくれるのだが、僕は PM2.5 というのはてっきり昔で言うスモッグみたいなものかと思っていた。

ところが定義としては「粒径2.5μm以下の粒子状物質」ということでしかないらしく、もちろん工場の煤煙や排気ガスの中にも含まれているが、料理で出る煙や煙草の煙などにも含まれているとのことだ。

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Saturday, April 20, 2019

名前

【4月20日 記】 僕の父はなんだか知らないけれど、子どもに読みにくい名前をつけるとその子は不幸になると信じていた。

読みにくい名前と言っても時代が時代だから所謂キラキラ・ネームではない。とは言え、基本は同じで、あまり見たことのない難しい漢字、あまり使われない読み、辞書に載っていない読みなどを採用した名前を、父は不幸をもたらす元凶として断罪した。

例えば今の芸能人なら蛭子能収や板尾創路、黒木華、武井咲、高杉真宙、永野芽郁、新田真剣佑、映画監督なら矢口史靖や山下敦弘みたいな感じか。父がこれらの名前を見たらきっと「こんな名前つけたらあかんねん」と言うだろう。

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Wednesday, April 17, 2019

読めぬ皿、読めぬ箱

【4月17日 記】 一昨々日と昨日の記事の続きである。まあ、もう書かなくても良いのかもしれないが…。

ハードディスクからムーブした BD-R DL が読めないので、ネット上のマニュアルに従ってリセットをかけてみた。が、結果は同じ。あえなく「このディスクは使えません」との表示。

コンセントの抜き差しも効果なし。

そして、それよりもショックだったのは、2013年に買ったと思っていたこの機器だが、自分で買った製品を登録してある MY SONY のページを見ると、なんと 2008年に購入したものだった、ということだった。

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Tuesday, April 16, 2019

読める箱、読めぬ箱

【4月16日 記】 一昨日の記事の続きである。

読めなくなった BD-R DL を何枚か会社に持って行って、同僚が使っているブルーレイのプレイヤにかけてみたらどれも問題なく読めた。

これで原因の第一次切り分けは終了である。つまり、悪いのはディスクのほうではなく、我が家のレコーダ/プレイヤということになる。

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Sunday, April 14, 2019

読める皿、読めぬ皿

【4月14日 記】 録画しておいた『20世紀少年』を観ようとしたらディスクが読み込めない。僕らはどうしても物として所有したい世代だから、ハードディスクに録画したものでも大切なものはディスクにムーブする傾向が強いのだが、それが仇になった。

僕らが生まれて初めて手にした記録用のディスクである CD が世の中に登場してからすでに35年以上経つが、その間に音声記録用も映像記録用も次々と新しい規格のものが出てきて、特に映像関係は訳がわからなくなってきた気がする。

読めなくなったのは BD-R DL である。

我が家のレコーダは結構古いので BD-R DL が使えるかどうか自信がなかったのだが、もう何年前だろう、試しにハードディスクに録ったものを BD-R DL にダビングしてみたら難なくできたので、てっきり BD-R DL は読めるものだと思っていた。

ところが今回それが読めない。気になったのでレコーダのマニュアルを取り出してみて読んでみると、なんと BD-R DL が使えるとは書かれていない(使えないとも書かれていないが、それはこの機器が発売された時点ではまだ BD-R DL が出てなかったということなのだろう)。

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Friday, April 12, 2019

yappli のお土産

【4月12日 記】 yappli が主催する Mobile Marketing Update に行ってきた(於:東京ミッドタウン)。久しぶりのさとなおさんの講演が目当てだったのだが、面白そうだったのでその後のハヤカワ五味さんと OWNDAYS の田中社長のセッションも聴いてきた。

ただし、今日はその内容について書きたいのではない。

 受付でビニール袋に入ったチラシとアンケート用紙とペット ボトルの水を受け取って会場入り。

Yappli1

 会社に戻ってからビニール袋をひっくり返すと、中からこんなもの ⇒ が出てきた。お土産が入っていたとは気づかなかった。

キーホルダーみたいなものにコードが4本。その先にコネクタが4つ。USB type-A、microUSB、USB type-C、Apple Lightening ──で、合ってるよね?

もちろんこれらがバラバラにぶら下がっているわけではなく、中で繋がっている。これは大変便利ではないか!

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Tuesday, April 09, 2019

映画『岬の兄妹』

【4月9日 記】 映画『岬の兄妹』を観てきた。多くの著名人が激賞している。東京でさえ3館のみ、しかも、1日1回か2回の上映である。一応全国上映とはいえ、こういう映画は東京にいないと観る機会を逸してしまうことが多いだろう。

絶望的にひどい話である。岬の狭苦しい家に兄と妹が住んでいる。トタンと木のボロボロの家だが、中も散らかり放題。外からの光を遮断するためか、中の光を漏らさないためか、窓ガラスには全面ダンボールが貼ってある。

兄は足に障碍があって、引きずって歩く。妹は知的障碍者である(パンフレットには「自閉症」とあるが…)。妹は兄の留守にしょっちゅういなくなる。兄は毎回必死になって探す。いなくならないようにドアに南京錠を掛けたり足を鎖で繋いだりさえする。

兄は勤め先の造船所をクビになって、ポケット・ティッシュにチラシを入れる内職をしているが、1個作って1円では兄妹2人が食べて行けるわけがない。家賃も電気代も払えず、友だちから思ったほどのお金も借りられず、やがて電気も止められて、あまりのひもじさに妹はティッシュを食べる始末。

ついに兄は妹に売春させることを思いつく。いや、映画の冒頭で描かれていたように、妹は知らない男に体を自由にさせて、1万円をもらったことがある。兄はそのことを思い出して、妹を連れて夜の街に出る。妹は元々気持ち良くなることは好きで、抵抗感はない。

だが、そんなに簡単に客は捕まらない。気のありそうな男に必死でしがみつき、やけっぱちのディスカウントをする。ヤクザに捕まって殴られる。親友の警察官にもバレてしまう。しかし、次第に客はつくようになる。そのうちのひとりもまた身体障碍者である。

このどうしようもなく胸塞ぐ設定というかテーマに愕然として物も言えずに見入ってしまうわけだが、それは何よりも映画の完成度が圧倒的に高いからである。この完成度の高さには本当にびっくりしてしまった。

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Sunday, April 07, 2019

映画『麻雀放浪記2020』

【4月7日 記】 映画『麻雀放浪記2020』を観てきた。コカイン使用で逮捕されたピエール瀧が出演していながら東映が公開を決めたことで有名になってしまった。

パンフレットは売り切れだった。まだ上映3日目だし、客の入りもそれほどでもないことを考えると、普段買わない人が買っただけとは思えない。映画を観ることなく転売目当てに買い占めた奴がいるんだろう。常にパンフレットを買う身からしたら甚だ迷惑な事態である。

しかし、これ、ピエール瀧騒動に関係なく、往年の阿佐田哲也の小説や1984年の和田誠監督・真田広之主演の映画のファンが見たら怒る人が出てくると思う。これ、阿佐田哲也に対する冒涜だと言われたら、却々反論できまい(笑)

僕もてっきり 1984年版のリメイクだと思って観に行った。いや、確かに坊や哲(斎藤工)もドサ健(的場浩司)も女衒の達(堀内正美)も出目徳(小松政夫)も出てくる。84年版ではそれぞれ真田広之、鹿賀丈史、加藤健一、高品格が演じた雀士だ。

だが、なんと、これがタイムスリップもので、坊や哲が九蓮宝燈を和がった瞬間に落雷に遭って2020年の浅草に飛ばされるという話。それだけではなくて、日本は東京オリンピックを直前に控えて戦争に突入しあっさり敗戦してオリンピックも中止が決まった直後という想定である。

それにしても、この時代には国民全員の額にマイナンバーのチップが埋め込まれているとか、みんながグーグル・グラスみたいなものを掛けていたり、セグウェイみたいなものに乗っていたりと、いくらなんでも飛びすぎの設定である。だって、来年でしょ?

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Friday, April 05, 2019

令和レモンのレ

【4月4日 記】 新元号が発表されるとすぐに「令和の令は命令の令だから良くない。安倍の意図もそこに見え隠れしている」みたいなことを言い出す人が出てきましたが、それはあまりに一面的かな、と思います。

ちなみに僕は自民党支持者ではないし、ましてや安倍首相の信奉者でもないことを最初に断っておきますね。

一つひとつの漢字にはいろんな意味があります。それを「令は命令の令」みたいに限定してしまうのはどうかと思うのです。そんなことを言い始めると「平成の平は平凡の平だから良くない」などとも言えるわけで、そんなことで(固有)名詞が糾弾され始めると収拾がつかなくなります。

例えば「命令の令では感じが悪いから、今日から法令という用語は一切使わず、全部法律と呼びましょう」みたいなことになりませんか?

あるいは、例えば、新元号が令和じゃなくて命和だったらどうでしょう?

「命和の命は命令の命だから良くない」と同じように言う人ももちろんいるかもしれません。しかし、「命」という字からは「命令」よりも「いのち」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか? つまり、「命和の命は命令の命だから良くない」という人は令和の場合よりは減るのではないでしょうか?

ともに「命令」という熟語の一部であり、ともに同じような意味も持っている漢字でありながら、それくらいの差は出てくるものなのです。

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Thursday, April 04, 2019

『ハロー・ワールド』藤井太洋(書評)

【4月4日 記】 僕にとっては全然知らない作家の全然知らない作品だったのだが、シミルボンの書評が目に入って、それがとても面白そうだったので読んでみることにしたら、これがまた期待以上に面白くてぶっ飛んでしまった。

ものすごく乱暴にカテゴライズしてしまうと、これは IT小説ということになるんだろうか? しかし、IT小説というネーミングから思い浮かべるのは、単に IT の専門知識を設定やストーリーに巧く組み込んだ小説である。

ところが、この小説の場合はそれだけではない。いや、むしろ面白いのはそこではないのだ。登場人物が誰も彼もとても魅力的なのだ。

主人公の文椎(ふづい)はバリバリのエンジニアではない。彼自身の表現を借りると、

そもそも僕に専門的な知識はない。ちょっとしたプログラミングとチームの管理、それにプロモーションや文書書きなどもやる何でも屋だ。

ということになる。ただし、彼は企業に属して(一応属してはいるのだが)与えられた仕事を淡々とやる人間ではない。会社の中では何でも屋として世界中を飛び回りながら、自身の人的ネットワークを通じていろんなことに手を出す。

そして、何よりも彼は正義感が強い。いや、反骨精神があると言ったほうが良いか。権力者が弱者の権利を奪って好き勝手するのを黙って見ていられない。そういうわけで彼は日本でも外国でも、意図せずにいろんな国の当局を敵に回してしまい、とんでもない厄介事に巻き込まれる。

それに対して彼は命がけで立ち向かう、わけではない。彼はそんなタフ・ガイ・タイプではないのである。自分の弱さは充分知っている。死ぬぐらいなら志は捨てる。しかし、彼の面白いところは、そこでただ黙ってすごすごと引き下がるのではなく、ほんのちょっとでも良いから“一泡吹かせてやろう”とするところである。

そこが読者にとって痛快なのである。

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«『ブロックチェーン』岡嶋裕史(書評)