Friday, July 10, 2009

Twitter 再び

【7月10日特記】 Twitter がここに来て日本でも急に盛り上がって来た、ように僕は感じているのですが、そんなことないですか?

そう言えば、随分前に Twitter に加入してみたものの全然面白くなくて2~3日で脱退したなあ、確かこのブログにも書いたはず、と思って検索してみたら、なんと2年前の5月でした

そうか、俺はそんな先端を走ってたんだ、と改めて感嘆しました。

あの頃すでに「ついった」などという書き方があったかどうかは知りませんが、少なくとも今ほど一般化してなかったのは確かです。

それであの時の記事にも書いたのですが、この Twitter って奴は同じように Twitter をやっている知り合いがいるか、あるいは最低でも Twitter をやっている有名人の大ファンであるかでないとちっとも面白くありません。

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Wednesday, July 08, 2009

続「便所飯」を考える

【7月8日追記】 昨日書いたことについてもう少し思い巡らせてみた。

たとえば僕らが学生だった頃、なんて言うともう30年前のことだから、そんな話参考にも何にもならないから聞きたくないと言われるかもしれないが、まあ、構わず話を続けると、僕らが学生だった頃は、食堂でひとりで飯食ってる奴は別に珍しくも何ともなかった。

ある貧乏学生はいつもひとりで小ライスをおかずに大ライスを食っていた。あのころ学食で大ライスが多分70円、小ライスが40円くらいだったから、あれが一番小額で満腹になる組合せだったのかもしれない。

僕らはいつも柱の陰から彼の食事姿を見て「きっといつか栄養失調で倒れるぞ」と笑ったり心配したりしてたけど、ひとりで飯食ってること自体をとやかく思ったことはなかった。そういう時代だったんだろう。

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Tuesday, July 07, 2009

「便所飯」を考える

【7月7日特記】 朝日新聞が昨日の夕刊に若者の「便所飯」の記事を書いて物議を醸しているらしい。関西版では見なかったので、きっと関東ローカルの記事なのかな? 1面トップだったというから驚き。

まあ、見出し読んだだけで想像はつくのだけれど、最近の大学生などは独りで食事をしているのを見られて「一緒に食べてくれる友だちがいない奴だ」と思われるのが怖くて、なんと便所の個室に籠って食べるのだという。

すでに「一体何を根拠に便所飯が“広がっている”と書いたのか?」との異論も出ているらしく、どこまで信用して良いのか判らないが、ま、学生の中にある程度そういう心情が共有されているというくらいの真実性はあるのではないかと想像する。

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Monday, July 06, 2009

今日の BGM#28

【7月6日特記】 今日はコメントなしで。

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Sunday, July 05, 2009

映画『MW ─ムウ─』

【7月5日特記】 映画『MW ─ムウ─』を観てきた。どんな話なのか知らなかったのだけれど、手塚治虫原作というところに魅かれた。やはり手塚ファンが多かったのか年配の客が目立つ。いや、それよりもスカスカの入りであることのほうが目立つか(笑)

ただ、原作は良いとしても、なんか聞いたこともない監督だし、ひどく未整理な部分が多い作品になっていたりしまいか、と心配しながら見に行ったのだが、なんのなんの、前半はかなりの良い出来だ。

冒頭はタイでのロケだ。しかも誘拐事件の身代金受け渡しの場面。犯人の結城美智雄(玉木宏)がタイ警察と日本から応援に来た沢木刑事(石橋凌)と橘刑事(林泰文)を次々に欺いて行く。

まんまと身代金を奪われた後、「あいつが犯人では?」と気づいた沢木が結城を追う。モノレールに乗った沢木を追ったが乗り逃がし、今度はタクシーを強奪して追いかける。

このカーチェイスが、日本映画ではちょっとありえないくらいよくできている。そして、車を棄てて走る沢木。ARB のボーカリストだった頃の面影もなくぶざまに中年太りしてしまった石橋凌が大汗かいて走る、走る! スマートで汗ひとつかいてなさそうな玉木との対照も良し。

道が狭くてゴミゴミしてて、やたらと人が溢れているバンコクという土地をうまく活用して表現した画作りだった。

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Saturday, July 04, 2009

定年を考える

【7月4日特記】 昨日会社で話していて、「我々が若かった頃の上司って、みんななんかやたら偉かったよなあ」という話になった。

「偉かった」というのは、1)持っている権限が強かった、という意味と、2)とても偉そうにしていた、という意味の両方である。

するとこないだまでの僕の直属の上司だった人が「あの頃は55歳定年やったからなあ」と言いだした。

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Thursday, July 02, 2009

補足:Firefox 3.5

【7月2日追記】 昨日書いた記事にTBしてもらって、大事なことを書き漏らしていることに気がついた(よって今回は逆にトラックバックさせてもらった)。

そう、確かに速くなっている。

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Wednesday, July 01, 2009

Firefox 3.5

【7月1日特記】 Firefox 3.5 がリリースされた。早速ダウンロード/インストールしてみた。

で、このブラウザのこのバージョンの売りは HTML5 に準拠して video タグや audio タグが使えるということ。

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Tuesday, June 30, 2009

卒業者名簿を棄てる

【6月30日特記】 僕は本棚1つに収まる分量しか本を所有しない主義で溜まってくるとイーブックオフに売却したりして処分しているのだが、その本棚の上に僕が卒業した高校と大学の卒業生名簿が載っかっているのに気がついた。

いずれも昭和の時代に買ったものだが、改めて「ふーん、当時はそういう心境だったのか」と何だか感慨深かった。

自分と同じ高校や大学を卒業した人たちがたくさん有名企業に勤めていたりするのが、なんか嬉しかったんだろう。あるいは同窓のよしみでなんかの時には助けてもらえるかもしれないなんて思っていたのかもしれない。いずれにしても働き始めて間もない者の発想だ。

僕が変わってしまったのか、時代が変わってしまったのか、恐らくその両方なんだろうけど、今これらの本を眺めてみると、会ったこともない人の名前や住所や勤務先がずらずらと並んでいる、よそよそしい存在でしかない。

だいいち紙資料であるという不自由さに今の僕の感覚がついて行かない。

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Monday, June 29, 2009

iPhone 3G についてもう少し話したこと

【6月29日特記】 先週金曜日にH君が iPhone 3G S を買ってきた時に、みんなで話したことがもう少しあったのを思い出した。

これだけいろんな機能が付いていて、さらにこれだけいろんなアプリを落とすことができる機械において、あとどんな機能があってほしいか、という話である。

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Sunday, June 28, 2009

Michael Jackson についてもう少し思うこと

【6月28日特記】 久々にテレビや新聞が特集を組むような訃報になった。しかも、当日ではなく、日を改めて。そして、ウェブ上にも記事が溢れかえっている。

──自分の思い入れはともかく、他の人にとってもこれだけ大きな存在だったのだと改めて思い知った。

昨夜、いつも使っているダウンロード・サイト mora に(他の曲を落とすために)行ってみたら、ダウンロード・ランキングの1位から20位まで全部マイケルの曲だったのでびっくりした(僕は D/L しなかったけど)。

しかし、その一方で「ちゃんと聴いたこともないし、興味もない」という若い世代の声も新聞記事になっていて、なるほどなあと思う。

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Saturday, June 27, 2009

映画『Dear Doctor』

【6月27日特記】 映画『Dear Doctor』を観てきた。西川美和監督。カメラマンはずっと北野武映画を手掛けてきた柳島克己である。

こういう映画を観ると、「『映像的である』とはどういうことなんだろう?」という深い思考に囚われてしまう。──脚本があって、役者がいて、台詞のやり取りがあって映画ができるのだが、決してそれだけではない。

非常に解りやすい「点」の例を挙げれば、それはこの映画における「流し台で溶けて行くアイスキャンディ」であり、同じ監督の前作『ゆれる』であれば「倒れたお銚子から零れる酒」である。あるいは、この映画に挿入される棚田の稲穂を風が揺らすシーンもそうだろう。

それはストーリーの上では要らないシーンである。でも、そういうシーンを挟みこむことこそが極めて映像的な手法であり、解決策であり、下手すると常套手段になってしまうのである。

映画にはそういうシーンがたくさんある。上の例ではそれは点だが、線として機能するものもあれば面として機能するものもある。

井川遥が扮する娘が、八千草薫が扮する母の体調不良を見破って「胃のお薬飲んでるの?」と問い詰めると、ちょっと中途半端な間があって、「さすがはお医者様ね」と八千草が答える。──こういうのも非常に映像的である。

と言うのは、この場面での登場人物の心境を考えるとここでこのぐらいの間が空くことがふさわしいからというだけではなく、この間が観客に対してその瞬間の八千草の表情を充分に見せるからである。

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