Tuesday, December 18, 2018

運は使い切ったか?

【12月18日 記】 僕はあまり大きくない懸賞には割合よく当たる。

PayPay は1回しか使わないうちにキャンペーンが終了してしまったが、それでもその1回だけの購入が全額(と言っても 658円だが)バックになった。

この1ヶ月間に、とあるキャンペーンで Tポイント 1000点が当たり、とあるアンケートに答えて抽選で Amazonポイント 1000点が当たった。

長い人生を振り返ると、最大級の例としては、宝くじで5万円が2回、なんかのキャンペーンで Tポイントが1万点、本を買ったらおまけでついてきた図書くじで図書券 10万円分が当たったことがある。

で、そういうことを言うと、必ず「そんな小さなことで運を使い切っているんだよ」と嬉しそうに言う人がいる。

僕はそれが不思議で仕方がない。いったいどういう精神状態が彼/彼女をしてそんなことを言わしめるのだろう?

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Sunday, December 16, 2018

冬休みの予定

【12月16日 記】 今年の年末/来年の年始は全く予定が埋まっていない。

いつも思うのだが、みんなどうやって旅行を押えているのだろう。この時期になると、もう飛行機もホテルも、行きたい所はほとんど埋まっていて予約が取れない。

ウチはそもそも年末年始やゴールデン・ウィーク、お盆などの値段が高い時期に旅行に行くのは避けているので、それはそれで構わないのだが、しかし、それ以外の時に旅行に行こうと思っても、やっぱり予約は却々取れない。

もっと早くに押えれば良いのかもしれないが、そんなに何ヶ月も前から全ての旅行が押えられるわけではないし、そんなに何ヶ月も前からこちらも休みの予定が立つわけでもない。

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Friday, December 14, 2018

…と思っていて

【12月14日 記】 facebook にこんなことを書いた:

年のせいか、最近聞いてて引っかかる若い人(主にギョーカイ人)の言葉遣い:

    1. 「…と思っていて、」の連続で一向に句点が来ない文章
    2. 「だったりとか」の連発による過剰な婉曲
    3. 平板なアクセント(「山小屋」や「裏山」に近いアクセント)で、接続助詞ではなく接続詞的に使われる(つまり、文頭に来る)「とは言え」
    4. 平板なアクセントでの「弊社」(「閉鎖」や「会社」に近いアクセント)
    5. 自分が課金される側なのに「このサイトに1000円課金してる」などという誤った用法
    6. 終止形が来て句点が付いて文が終わるかと思ったら、何故か引用の格助詞「と」が付く(例えば「それで仕方なくてやってしまいます、と」)

言葉は変わって行くものだという認識は充分に持っているつもりではありますが…。

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Tuesday, December 11, 2018

Play Log File on my Walkman #126

【12月11日 記】 また半年近く空いてしまった。久しぶりのプレイログ披露。今回も10曲。

  1. サヨナラ COLOR(小泉今日子)
  2. Big Boss(渡辺勝)
  3. 大利根無情(三波春夫)
  4. 春のナヌーク(MOONRIDERS)
  5. 点描のしくみ(吉井和哉)
  6. 傘がない(UA)
  7. 二重唱(デュエット)(岩崎宏美)
  8. きかせて(the Indigo)
  9. 初恋の丘(由紀さおり)
  10. 鏡面の波(YURiKA)

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Monday, December 10, 2018

『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる ハプワース16、1924年』J.D.サリンジャー(書評)

【12月10日 記】 サリンジャーのファンなら長年求めていた本であるはずだ。雑誌には発表されたが単行本にはならなかった9作の短編/中編がここには収められている。

サリンジャーは僕よりずっと年上だから、僕は発表当時に彼の作品に触れたわけではない。大学に入るまで僕はサリンジャーを知らなかった。

教養課程の選択科目で「英文学」を履修したら、前期の教科書が "American Jewish Writers"という短編集で、そこに The Laghing Man が載っていた。あれはどちらかと言えば、サリンジャーの技巧的な部分が色濃く表れた作品だと思う。

それに惹かれて(時期は忘れてしまったが)『笑い男』が収めれれている『ナイン・ストーリーズ』を全部読んでみた。

後期の教科書はこれまたサリンジャーの Franny and Zooey だった。この本にガツンと殴られたようなショックを覚えて、漸く『ライ麦畑でつかまえて』に手を出すことになる。

僕が大学時代に小説を書いたりしたのは、まぎれもなくサリンジャーみたいな小説が書きたかったからなのだ、と今では思う。これはこれこれだからこうだ、と理路整然と語れないような何か、曰く言い難い何かを書くのがサリンジャーだった。そして、それこそが作家の仕事だと僕は思った。

『ライ麦畑』はもちろん野崎孝訳で読んだのだが、後に村上春樹訳が出たときにも当然読み直しているし、その時に両者の訳の違いが知りたくて、改めて原文で全文を読み直してみたりもした

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Sunday, December 09, 2018

映画『来る』

【12月9日 記】 映画『来る』を観てきた。

このタイトルのネーミングは、Stephen King の "IT" に通じる巧さがある。“それ”が何なのかは分からないが、でも確かに“それ”は存在して、確かに“それ”は“来る”のである。で、この映画の中では、その主語に当たるものは“あれ”と呼ばれている。

原作の小説は『ぼぎわんが来る』という題だったそうだが、ここから主語を削除したのは見事なアイデアだ。“来る”のが何なのか分からないわけで、そのほうがずっと怖い。

でも、僕が観たのはホラーだからではない。中島哲也監督だからだ。そして、映画が始まって怖い場面になった瞬間から、そこにあるのはまさに中島哲也監督ならではの映像美の世界だった。

血が美なのか?と言われるとちょっと違うと言う人もいるだろう。でも、それは、自分の血であれ他人の地であれ、ともかくそれが噴き出すのは怖いことなので美に結びつかないだけであって、実は一番身近にある強烈な赤色であり、それはやはり根源的に美であるように思う。

ここではスプラッタ的な美と、日本伝統の様式美と、そしてコンピュータによる幻想的な美の3つが合わさったような感じがあった。この壮大な仕掛けを、映像芸術と呼ばずに何と呼べば良いだろう?

事実この映画はホラーという枠に収まるものではないのだ。出演者のひとりである松たか子も言っている:「みなさんおっしゃることかもしれませんが、むしろ“あれ”の存在を通して人間を描こうとしているように、私には思えました」と。

そして、中島監督自身もこう言っている:「原作の小説を映画にしたいと思った理由は、登場人物が面白かったことに尽きます。この人たちを実写にしたらどうなるんだろう?と興味が湧きました」と。

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Friday, December 07, 2018

AMAZON MUSIC UNLIMITED

【12月7日 記】 先月から AMAZON MUSIC UNLIMITED に入っている。お試しで使ってみて聴ける曲の豊富さに満足した、ということもある。

昔と違って今のオーディオ機器は Bluetooth に繋がるので、iPhone や iPad を操作してスピーカから音楽を簡単に再生することができる、ということもある。

でも、直接的な銃爪は、有料CS と SVOD の動画サイトの2つを退会したことである。

この2つで AMAZON MUSIC UNLIMITED の月会費は楽に払えてお釣りが来る。仮にこれらを継続したままだったとしたら、たとえ月額780円とは言え、追加支出をためらっただろうと思う。

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Tuesday, December 04, 2018

『音楽理論がおもしろくなる方法と音勘を増やすコツ』いちむらまさき(書評)

【12月2日 記】 久しぶりに入ったリアル書店でふと目に留まって、立ち読みしたら面白いので買ってしまった。家に帰るまで全く気づいていなかったのだが、著者はいちむらまさき。ギターやウクレレのたくさんの教則本を書いている人で、僕はこの人の本を持っている:

『ウクレレ上達100の裏ワザ』──このウクレレ教則本は却々実戦的な名著である。

この人が書いた別の音楽理論めいた本を以前手に取ったことがあるのだが、それはどっちかと言うとちょっと何だかなあという感じだったのだが、この本はよくできている。

我流で楽器を始めてしばらくすると、まあ人にもよるが、理論的にはどういうことになっているのかをもう少し学びたくなる。まずはコード理論だろう。

そんな時にまかり間違ってジャズ系の本を買ってしまうと、最初の数ページは良いのだが、だんだん難しくなって訳が分からなくなるような経験をした人は多いのではないだろうか。

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Monday, December 03, 2018

映画『いつか輝いていた彼女は』

【12月3日 記】 映画『いつか輝いていた彼女は』を観てきた。

新人の登竜門的な、音楽×映画の祭典である MOOSIC LAB にエントリーされた中の一作で、今夜見たのは『1人のダンス』『下鴨ボーイズドントクライ』と3本建てになった<Cプログラム>だったが、僕は最初からこの『いつか輝いていた彼女は』狙いだったので、今回はこの映画に絞って書く。

そもそもは僕と twitter 上で長年の相互フォロー関係にある(何がきっかけでそうなったかは憶えていないのだが)女優の日高七海さんが出演している映画、というのが僕の耳に入った最初の情報だった。

で、ネット上を見ていると、これがまた観たの人の評判が良いのだ。それで、これは何が何でも観なければと思って、ちょうど今夜渋谷のアップリンクで上映するのを見つけて予約したら、なんと日高さんから「是非観てほしい」とのお誘いが。

おかげで、舞台挨拶に立った日高さんとも初めてリアルで会えたし、監督の前田聖来(まえだせいら)さんにも紹介してもらえた。

当然低予算で作られ、映画作りに慣れていないぎこちなさも残ってはいるのだが、脚本と役者がとても良いので、結構良い映画になっている。

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Sunday, December 02, 2018

映画『銃』

【12月2日 記】 映画『銃』を観てきた。武正晴監督。奥山和由プロデュース。

ほとんどがモノクロ。ここぞというところで何度かカラーになる。それがどういうシーンなのかは、これからご覧になる人のために書かないでおく。

もしも銃を拾ったら、という単一の仮定から広げて行ったドラマ。それだけにもっと退屈な作品に堕ちても仕方のないところだが、話の広げ方が巧い。

最初はこわごわ拾う。それから銃を持っていることの高揚感。下手するとそれが全能感にも繋がる。関係ないことにまで自信が漲る。一方で銃を持っているのが見つかるのではないかという不安感。にもかかわらず、あえて危ない方向に一歩踏み出してみたい気持ち。

やがて何かを撃ちたくなる。何かを撃つと、今度は多分、人を撃ちたくなる。そういう心理の動きが巧みに描かれている。

でも、僕が見終わっての第一印象は「何かが足りない。何かもうひとひねり必要だったのではないか?」だった。

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Saturday, December 01, 2018

映画『ギャングース』

【12月1日 記】 映画『ギャングース』を観てきた。

入江悠監督は『SR サイタマノラッパー』で名を挙げた人だ。シリーズ最初の作は僕も観たのだが、その後もサイタマノラッパーばかり撮っている印象があって、ああ、この人はひょっとしたら一生サイタマノラッパーを撮り続けるんだろうか、とまでは思わないにせよ、一生自主映画っぽい監督で終わりそうな感じがあった。

しかし、そんな風に思っていると、今度は『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』が出てきて、僕はこの映画で、あっ、この人、他の映画も撮れるし、結構すごい!と大いに見方を改めた記憶がある。

ところが、その後 WOWOW でドラマWを何本か引き受けたり、『ジョーカー・ゲーム』や『22年目の告白 ─私が犯人です─』を撮ったりするに至って、あらら、なんだかフツーの(つまり自主映画っぽくない)監督になっちゃったな、と思っていた。

別に自主映画が偉くて商業映画が堕落しているなどと言うつもりはまるでないが、今回の映画はサイタマノラッパーやかまってちゃんが帰ってきた感があって、僕は嬉しかった。

この2本は音楽をテーマとした映画だが、今回の『ギャングース』では渡辺大知、金子ノブアキ、MIYAVI という3人のミュージシャンが出演していて、やっぱりこの監督は音楽と通じたところのある人だと思った。

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Wednesday, November 28, 2018

SONGS & FRIENDS 小坂忠 HORO(追記)

【11月28日 記】 1日空けて少し感想めいたものを。

1975年に発売された小坂忠の『HORO』は歴史的な名盤である。「幻の名盤」などとは言わない。知っている人はしっかりと知っているからこそ、この日のコンサート会場である東京国際フォーラム ホールA(約5000人収容)の前に長蛇の列ができたのである。

このレコードは小坂忠が、デビュー以来の盟友である細野晴臣をプロデューサーに迎えて作ったソロ・アルバムで、彼自身が言っているように、このアルバムで彼の歌のスタイルが確立した作品だ。

それまでのフォーク・ロックっぽい小坂忠からソウルフルな小坂忠を細野晴臣が引っ張り出したと言っても良い。そして、娘の事故を経て彼が信仰の道に入ったということも相俟って、彼の歌はここからゴスペルにも通じて行く。

この日のコンサートは編曲家の武部聡志が企画しているシリーズの第2弾で、言わばこのような歴史的な名盤/名曲を若い世代にも繋いで行こうという意図に基づいている。

従って、この日のコンサートには、小坂忠本人と、彼の若い頃からの仲間たちと、そして、小坂忠をリアルタイムで聴いた世代と、後から遡ってこのアルバムにたどり着いたもっと若い世代のミュージシャンが勢揃いしている。

そして、小坂忠本人と、若い世代のいろんな歌手が『HORO』のナンバーを歌う。2つのバージョンで2回歌われた曲も多かったし、このアルバム以外の曲も何曲かやった。

オープニングは大規模な聖歌隊によるジョー・コッカーの You Are So Beautiful だった。アンコールの最後もこの曲だった。他にもゴスペルの名曲である Amazing Grace もやったし、小坂忠の HORO 以前の作品もたくさん取り上げた。

オープニングに引き続いて武部の挨拶があり、それに続いて出てきたのは小坂忠の実の娘である Asiah である。彼女は伸びやかに Unforgettable を披露した。

そして漸く出てきたのが小坂忠(ギター、ボーカル)、林立夫(ドラムス)、後藤次利(ベース)、松任谷正隆(キーボード)、駒沢裕城(ペダルスティール)の5人である。単に豪華な取り合わせだなと思った人もいるかもしれないが、これが 1972年に結成されたバンド、フォージョーハーフ(「四畳半」の英訳)のオリジナル・メンバーなのである。

このバンドにはリード・ギターがいない。その分を駒沢裕城がスティール・ギターのソロで埋める。駒沢はその後もはちみつぱいとか、いろんなバンドやセッションで活躍した、日本ロック界唯一無二のスティール・ギタリストであるが、彼の奏でる粘りとうねりに満ちた響きがなんとも心に響く。

後年は大ヒットを連発した歌謡曲の作曲家として知られる後藤次利も、元はと言えばフォージョーハーフの後サディスティック・ミカ・バンドなどで活躍した日本ロック界屈指の超テク・ベーシストだ。僕はこの日、彼のベースをほんとに久しぶりに聴いた。

そして、フォージョーハーフの前に小坂忠が組んでいたのがエイプリル・フールで、ご存知のない方はメンバーを聞いてもう一度驚くと思うが、小坂の他、松本隆(ドラムス)、細野晴臣(ベース)、柳田ヒロ(キーボード)等である。

ここまで書いてきたうちの、松本隆と柳田ヒロ以外の全員がこの日のステージに上がっている。

小坂忠はその後、ロック・ミュージカル HAIR のオーディションを受けてそちらの舞台に行ってしまうのだが、それがなければひょっとしたらはっぴいえんどのボーカリストになっていたかもしれなかったという逸話を聞いた。そして、小坂忠のところに通ってレコーディングにも参加していたのが当時のスーパー中学生のピアニスト荒井由実だったという話も面白かった。

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