Monday, July 14, 2025

釧路湿原

【7月14日 記】 釧路湿原に行ってきた。

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Wednesday, July 09, 2025

スージー鈴木のレコード研究室Vol.25

【7月9日 記】 スージー鈴木のレコード研究室 Vol.25 『1975年のはっぴいえんどナイト』に行ってきた。このシリーズに行くのも何回目かな?Img_2892

このイベントはスージー鈴木とチカチカ・バンビーナを進行役に、南青山の BAROOM というミュージック・バーのイベント小ホールで、レコードや CD を聴いたり、場合によっては映像を観たりするイベントである。

── と書いてしまうと何だかつまらなそうだが、スージー鈴木の絶妙のおしゃべりと、企画立案の妙、音源の多彩さ、そして、何よりも会場の音響システムの素晴らしさに支えられたイベントである。

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Sunday, July 06, 2025

『4321』ポール・オースター(書評)

【7月6日 記】 電子書籍の困ったところは一見してその本の分量が分からないことである。本屋で紙の本を手に取れば、その分厚さと質量、そして活字の大きさや行間の広さ、そして改行が多いのか少ないのかというようなところから大体の分量は感覚的に掴める。

しかし、電子書籍にはそもそもページ数というものがない。フォントの大きさやレイアウトは読者がカスタマイズできるので、ページ数を表示する意味がない。そのため「何ページ読んだ」「あと何ページぐらい残っている」という感覚が全く掴めないのである。

ただ、全体の何%読み進んだのかという表示は出る。それだけが頼りである。

僕はいつもは Kindle を開くのは電車に乗っている間だけなのだが、この小説をそういう読み方で読んでいると1日に1%しか進まなかった。

それで、一体どのくらいの分厚い本なんだ?と本屋に行って見つけてみると、これがやたら分厚い。ページ数としてはほぼ 900ページ。しかも、段組である。

そこで初めて、こんな読み方をしていると読み終わるのに1年かかると分かって、途中からは家にいるときも読むようになった。それでも結局3か月近くもかかってしまった。長い長い小説である。

で、読み始めると、これがかなり混乱する内容だ。

アーチー・ファーガソンというユダヤ系アメリカ人の一生を描いた小説なのだが、章が改まるたびになんだか分からなくなる。

まず、時代が戻ったりする。それだけではなく、前の章では書かれていなかったエピソードや事件や人間関係が描かれている。次の章ではまた何年も時代が進んでいたりして、まるで前の章と関係ないみたいにストーリーが展開する。

読み進めば読み進むほど、なんか前に書いてあったこととうまく辻褄が合わなくなってくる。しかし、読み進んでしまうと、もうどの部分とどう辻褄が合わないのかさえ分からなくなる。で、全然バラバラかと言えばそうではなく、前に書いてあったこととごく自然に繋がっているところもある。

(この先、ちょっとネタバレを書いています。僕はこのことを読む前に知っていたかったけれど、何も知らずに読みたいという人もいるでしょう。読むか読まないかは各人の判断に任せます)

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Saturday, July 05, 2025

映画『夏の砂の上』

【7月5日 記】  映画『夏の砂の上』を観てきた。

玉田真也監督は既に映画を何本か撮っているが、元々は劇団の人である。僕は演劇界から転じてきた監督とは割合相性が悪くて(まあ、中にはとても好きな監督もいるにはいるのだが)、ちょっと警戒しながら観に行った。

玉田監督は今回脚本も書いているが、原作の戯曲は松田正隆によるもので、玉田監督の劇団「玉田企画」でも上演してきたらしい。

しかし、それにしてもまだそれほど名の売れていない監督の作品にしては「超」がつくほどの豪華キャストである。オダギリジョー、髙石あかり、松たか子、高橋文哉、満島ひかり ── このうちの誰が主演でもおかしくない(そして皆めちゃくちゃ巧い!)。

加えて、脇に光石研や篠原ゆき子がいて、森山直太朗まで出ている(しかも、かなり重要な役で)。

このキャスティング(とりわけ松と満島)には「共同プロデューサー」に名を連ねているオダギリジョーの力(と言うか、ネームバリュー)もかなり効いたようだ。

作品に惚れたオダギリは自ら共同プロデューサーを買って出たばかりか、編集・MA の作業にも加わったらしい。

冒頭は山上からの街の俯瞰。雨が降っている。カメラが街に降りるとかなりの豪雨であることが分かる。川の水かさが増す。そして、平和祈念像が映って、ここが長崎であることを観客に伝えている。

見始めてすぐに思ったのは一つひとつのカットがとても長いということ。

一つひとつのインサートが長い。次のシーンに行く直前のカットを引っ張る。人が歩いて行くシーンにしても、そんなに長くカメラを回す必要はないんじゃないかと思う。台詞と台詞の間が長い。人が喋っていない間がふんだんにある。

「ゆったりとしたリズム」などと言うよりは、僕なんかはむしろ違和感を覚えてしまった。

そして、長回しをものすごく多用している。シーンの途中でカットが変わるほうが珍しいんじゃないかと思うくらい。

── もちろん全部わざとだろう。それらは僕らがもう既に忘れてしまったリズムなのである。

面白いカメラワークも結構あった。

オダギリと松の会話シーンで、オダギリは声だけが聞こえ、オダギリに怒りをぶつける松のアップがずっと映っているという辺りは別に珍しくもないが、髙石とオダギリのシーンで奥にオダギリのフルショットを配し、手前では髙石の首から下だけ映すという撮り方には驚いた(しかも、ここもワンカットでかなり長い)。

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Friday, July 04, 2025

映画『この夏の星を見る 』

【7月4日 記】  映画『この夏の星を見る』を観てきた。いやあ、これは良かったぞ。

ともに劇場長編映画デビューとなった山元環監督と脚本の森野マッシュのコンビに完全脱帽である。ちなみに山元環は大阪芸大卒、森野マッシュは坂元裕二に師事していたらしい。

何に驚いたかって、まず監督の絵心である。こういう映画を任されるだけのことはあると思った。

何と言っても構図がすばらしい。

例えば五島の堤防の上の段で円華(中野有紗)が天を見上げて寝っ転がって泣いているところに野球部の武藤(和田庵)が走ってくる。やがて武藤は去っていくが、ランニングを終えて今度は堤防の下の段に現れ、上の段に寝てぶらぶらしている膝から下しか見えてない円華に、「まだいたのか?」と話しかけるシーン。

ただでさえ海と空を背景にしたきれいなシーンなんだけれど、ここに堤防の上の段と下の段という変化をつけてくるセンスが秀逸だと思った。

それから、亜紗(桜田ひより)と凛久(水沢林太郎)が望遠鏡の部品を段ボールに詰めるシーンでは、蓋が閉じられてガムテープが貼られるまでを、段ボールの内側からカメラに収め、そのシーンのまま今度はガムテープが剥がされて蓋が開くシーンへと繋がるのだが、そこにいるのは茨城からの荷物を東京で受け取った天音(星乃あんな)と真宙(黒川想矢)の中学生2人だという粋な場面転換。

映画冒頭の、早朝の高校の屋上でお互い同時に星を観察しているのに気づいた新入生の亜紗と凛久が、天文部の入部申し込み会場で再会して、廊下を挟んだまま手を伸ばして握手する辺りは、いかにも芝居がかった演出なのだが、これはこれで良い、これこそが青春の躍動感なんだ!と納得させられた。

スターキャッチ説明会での、生徒たちが星に扮した、あのケレン味たっぷりのプレゼン・シーンでも、同じように若々しい力が漲っていた。

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Wednesday, July 02, 2025

Play Log File on my Walkman #159

【7月2日 記】  5/24 以来のプレイログ披露。

これまではランダムに再生している中から5曲選んで披露してきましたが、今回は新しくダウンロードした曲を順番に聴いたので、それをそのままここに載せておきたいと思います。5曲のうち4曲がアニメや映画の主題歌です。

その結果、このシリーズでは 20世紀の作品が含まれていないというだけでも画期的なのに、今回は全部今年の曲という前代未聞の構成になっています(笑) 

  1. プンスカピン(堺正章 & Rockon Social Club)
  2. I hate this love song(ちゃんみな)
  3. ネオラダイト(9Lana)
  4. Plazma(米津玄師)
  5. サマータイムゴースト(水曜日のカンパネラ)

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Tuesday, July 01, 2025

10スキの人”The Man of 10 Likes”

【7月1日 記】 先日 note に「10スキの人 ”The Man of 10 Likes”」という記事を書いた

のだが、もうまさに笑けるぐらいその状態が続いている。

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Saturday, June 28, 2025

映画『でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男 』

【6月28日 記】  映画『でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男』を観てきた。

僕は三池崇史のことを割合当たり外れの多い監督だと思っている。当たり外れというのは興行成績のことではなく、僕から見た映画の出来のことだ。まあ、単に僕好みかどうかというだけのことかもしれないが…。

で、何故この映画を観に行ったかと言うと、それは多分これは当たりだろうと踏んだからだ。だって、タイトルからしてヤバそうではないか。

今までにも何度か書いてきたが、僕は映画が事実に基づいているということには全く惹かれない。事実に基づいていると知ったら急に見たくなるようなことはまずないし、事実に基づいていると思って観たら感動が増すようなこともない。

でも、この映画の場合は、内容が美談ではないだけに意味があると思う。

わざわざ「この映画は事実に基づいている」と表示することによって、「この映画は世間を騒がすことが多いトピックに乗っかった単なるフィクションじゃないぞ。現実に似たようなことがあったんだぞ」と警告することになるからである(ただし、あくまで「似たようなこと」でしかないという認識は堅持する必要があるが)。

教師による体罰や虐待は時々ニュースのネタになって、大体において読者/視聴者はそんな教師に対して憤怒の炎を燃やす。だが、このタイトルはそれを「でっちあげだ!」と頭ごなしに否定して、ニュースの送り手と受け手の感情を逆撫でするのである。

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Friday, June 27, 2025

映画『ヴァージン・パンク CLOCKWORK GIRL』

【6月27日 記】  映画『ヴァージン・パンク CLOCKWORK GIRL』を観てきた。

いつもはパンフレットを買うのだが、4,000円もしたので買わなかった。

ロビーで待っていると、前の上映回が終わってどっと出てきた観客たちが一斉に売店に並び始めた。パンフレットやさまざまなノベルティを買うためである。

こういう光景に出くわすのは久しぶりだ。12年前の『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』のときに、やはりグッズを求める観客のぎっしり詰まった列で床がほとんど見えなかったのを思い出した。

僕は年の割にはアニメを観ているほうだとは思うが、さりとて決してアニメに詳しいわけではない。でも、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』前後編 + 新編を観ているので、シャフトというアニメ制作会社と梅津泰臣というアニメータの名前には記憶があった。

この『ヴァージン・パンク』はその両者の原作によるアニメで、梅津がキャラクター・デザインと監督を務め、シャフトがアニメーション制作を担当している。

僕がアニメを選ぶ上で決定的な要素としているのが絵柄である。

絵柄と言っても、単にキャラクターの顔貌だけではない。もちろん第一にはキャラクターの顔、表情。そして、背景の描き方。人物と背景がどう動くのか。構図、奥行きの深さ、色彩、陰影…。全ての組合せを見て、観るかどうかを決めている。

画力が高いかどうか、描写が巧いかどうかだけではない。そこに観る人の好みが入ってくる。僕が『鬼滅の刃』を観る気にならないのは、あの絵柄がどうしても嫌いだからだ。

さて、この作品の絵柄はどうかと言うと、最初に予告編を見たときにまさに魅せられてしまった。

今日見ると、顔、及び表情はあまり写実的でなく、つまり人間っぽくなくて、そこがちょっと不満だったけれど、それは多分意図的にそういう描き方をしたのだろうと思う。

CM と予告編を含めても上映時間は 45分にしかならない短編である。シリーズの冒頭部分を描いた作品で、恐らくこの続きはどこかで OA されるか配信されるかするのだろう。

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Wednesday, June 25, 2025

映画『リライト』

【6月25日 記】  映画『リライト』を観てきた。

松居大悟監督はそんなにたくさん観ているわけではない(これまでに観たのは5本)が、好きな監督である。今回はそれに加えて、ヨーロッパ企画の上田誠の脚本という組合せにも強く惹かれた。

いや、上田誠こそもっと観ていないのであるが、映画で観た『サマータイムマシン・ブルース』や『四畳半タイムマシンブルース』のあのトリッキーなタイムトラベルの設定がものすごく印象に残っていて、今回の『リライト』もタイムリープものと言うか、タイムループものと言うか(おっと、危ないw)だから、きっと面白いだろうと踏んだのである。

しかし、僕はてっきり上田誠のオリジナルだと思っていたのだが、法条遥による原作小説があって、「SF史上最悪のパラドックス」と言われて評判になり、それを読んだ上田誠が「これを映画化したい。松居大悟監督で」と思ったのだそうだ。

原作からしてそうだったのかどうかは知らないが、物語の舞台が尾道で、ラベンダーの香りがしたり、尾美としのりや石田ひかりが出ているなど、これはもう明らかに大林宣彦監督の ”尾道三部作” へのオマージュたっぷりな作品である。

テーマ的にもしっかりと繋がっているし、起伏に富んだ細い山道、港の堤防、ケーブルカーなど、尾道ならではの映像的な美しさも大林作品と通じるものがある。

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Tuesday, June 24, 2025

HTML の基礎を学んでおいて良かったと思う件

【6月24日 記】 このブログを始める4年前に開いた自分のホームページを、僕は完全手書きしていた。

結局手書きHTML ではどうしても追いつかなくなって 2018年に閉鎖したのだけれど、でも、一応 HTML の基礎知識は頭の中に残っていて、それはそれで良かったなあと思っている。

それはどういうことかと言えば、例えば、このブログで昨日書いたような、一部の文字の色を変えたり下線を引いたりした文章だと、放っておくと cocolog はグチャグチャな HTML を書いてしまうことがあるので、自分で手直ししたほうが良いということだ。

いや、必ずそうなるというわけではない。一度の下書きで記事が完成したのであればそれほど変なことにはならないのだが、「色を変えたり下線を引いたりする範囲」を何度か変更したりしていると、そのうちにゴチャゴチャしてくるのだ。

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Monday, June 23, 2025

HTML以外での上付き文字と下付き文字の書き方

【6月23日 記】  先日、上付き文字と下付き文字の PC での書き方を知って、これは憶えておこうと思ったのだが、どこで読んだのかも、どうやるんだったかも完璧に忘れてしまって、仕方なく検索して調べ直してこの文章を書いている。

みんなにも教えてあげようというよりも、むしろ自分用の備忘録として書いている。

上付き文字というのは例えば y = x3 + 4x2 みたいな数式で使われる乗数を表したりするものである。数式以外でも、昔キョンキョンと呼ばれていたアイドル時代の小泉今日子は Kyon2 という表記を使っていた。

下付き文字は H2OCH3COOH みたいな化学式などで原子の数を表したりするものである。

HTML の場合は <sup> と  <sub> というタグを使えば良い(この文章ではまさに HTML でそうやって書いている)のだが、これを例えば Microsoft Word で書こうとするとどうして良いのか僕は知らなかった。

ネットで調べると、

上付き文字も下付き文字も、まずは(上付きでも下付きでもない)普通の英数文字で単語や略語、数式などを打ち、その中で上付きや下付きにしたい文字だけを選んで、上付き文字は Shift+Ctl++、下付き文字は Shift+Ctl+= の3つのキーを同時に押す

と書いてあるのだが、この書き方は日本人にとっては少しおかしいと僕は感じる。

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«Netflix の「視聴中コンテンツ」に思う