Thursday, October 06, 2022

映画『四畳半タイムマシンブルース』

【10月6日 記】 映画『四畳半タイムマシンブルース』を観てきた。

『四畳半神話大系』と『サマータイムマシン・ブルース』のコラボ・アニメなるものがあることを、何か月か前にポスターを見て知った。それは観たいと思った。

僕は『四畳半神話大系』は読んでいないが、デビュー作の『太陽の塔』以来、森見登美彦の小説は何作か読んでいる。そして、ヨーロッパ企画の舞台は未だ観たことがないのだが、2005年に本広克行監督で映画化された『サマータイムマシン・ブルース』は WOWOW で観ている。

観ているとは言え、何を観ても忘れてしまう僕のことだから、上野樹里が出ていたということと、エアコンの壊れたリモコンの話だったことと、なんか『 バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいな話だったことと、この出演者の面々がそのままの役で映画『UDON』にカメオ出演していたことぐらいしか記憶に残っていない。

ま、そのほうが今日の映画を楽しめたとも言えるのであるが、じゃあ今日の映画を観て、「あ、そうだった、そうだった」と思い出したかと言うと、そういうこともほとんどない(笑)

森見登美彦とヨーロッパ企画の上田誠はこれまでにも接点が多く、まず2人とも 1979年生まれで、森見は奈良出身の京大卒、上田は京都出身である。森見の『四畳半神話大系』が TVアニメ化されたときに脚本を書いていたのが上田である。そして、森見原作の映画『夜は短し歩けよ乙女』(湯浅政明監督)もまた上田脚本である。

この映画は、『サマータイムマシン・ブルース』を下敷きにして、アニメ化された『四畳半神話大系』の面々が登場する小説を書きたいと、森見が上田に申し入れてできあがった小説を、上田が脚色して映画化したものである。

監督は夏目真悟という人で、この人はアニメ『四畳半神話大系』にも『夜は短し歩けよ乙女』にも参加していた人なのだそうである。

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Tuesday, October 04, 2022

映画『マイ・ブロークン・マリコ』

【10月4日 記】 映画『マイ・ブロークン・マリコ』を観てきた。大反響を呼んだ漫画の映画化らしい。

僕の大好きなタナダユキ監督だが、今回は特に予告編がもうめちゃくちゃタナダユキらしい感じで、これは絶対に見逃せないと思った。

おまけに今回は向井康介との共同脚本だ。このコンビはこれまでにも『ふがいない僕は空を見た』(向井の単独脚本)、『ロマンス』(タナダ脚本+向井の脚本協力)があり、抜群の相性の良さは証明済みである。

(今回はラストシーンを含めて結構内容に触れるつもりで書いており、ネタバレもあると思うので、これからご覧になる方はここで読むのを止めたほうが良いかもしれない)

ラーメンを食べていたシイノトモヨ(通称シィちゃん、永野芽郁)が、中華料理屋のテレビで、小学校からの親友のイカガワマリコ(奈緒)が飛び降り自殺したというニュースを見るところから物語は始まる。

シイノは、何を売っているのかは分からないが見るからにブラックな企業の社員だ。結構がさつな女に見える。彼女は仕事をほっぽり出して、まずマリコがひとりで住んでいたアパートに行ってマリコがすでに骨になっていることを知る。

マリコは小さい頃から実の父親(尾美としのり)から性的なものを含む暴力、虐待を受けており、長年にわたり支配され続けてきたことで完全に精神がぶっ壊れている(彼女自身の台詞にも「そうだよ。あたしはぶっ壊れてる」みたいなのがあった)。

そのためなのか、家を出てからも同じように彼氏に暴力を振るわれたりしている。

生来の優しい性格だと思うのだが、何があっても自分を責めてしまう。そんな彼女にとっての唯一の救いがシィちゃんだったのだ。父親や彼氏のとんでもない所業には目を瞑って耐えるだけなのに対して、シィちゃんだけにはべったりと依存して、すっかり甘えている。

奈緒の演技が凄まじくリアルだ。

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Monday, October 03, 2022

ソーシャル・メディアとムーンライダーズ

【10月3日 記】 このブログにも何度か書いたことがあるかもしれないが、僕はムーンライダーズの大ファンである。オリジナル・アルバムは、SACD やアナログ限定、配信限定のものを除いて全部持っている。

ファンだったら全部持っていても不思議はないと思うかもしれないが、なにしろ 1975年から活動しているバンドである。ミニ・アルバム、ライブ・アルバムを含めると三十数枚(組)になる。

長いことやっていればそれくらいの数にはなるだろうと思うかもしれない。それはそれで正しい。

だが、それを1枚も逃さず買い続けているのはかなりのものだと自分でも思う。他にそんなアーティストはいないし、それにライダーズの場合はアルバムごとに作風がかなり違ったりするのに、例外なく全部好きだというのも我ながら凄いと思う。

ただし、収集家ではないのでベスト・アルバム(20種類ぐらいある)は1枚も持っていない。

亡くなったかしぶち哲郎を含む6人のメンバーが全員曲作りを手掛け、全員がソロ・アルバムを出していて、当然そういうアルバムも結構買っているので、僕の CDラックのかなりの部分をムーンライダーズが占めている。

しかしながら、周りにムーンライダーズのファンという人がほとんどいなかったし、シングルを出してもヒットした試しがなかったので、熱狂的なファンに支えられてはいるものの、ファンの数はかなり少ないのだと僕は勝手に思っていた。

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Saturday, October 01, 2022

延暦寺と比喩

【10月1日 記】 木金土の3日間で大阪に行き、京都に行き、比叡山に登ってきた。

比叡山にはもちろん前にも行ったことがあり、延暦寺は天台宗の宗祖・最澄(伝教大師)が開いた寺であるという程度のことは受験用の知識として知ってはいるが、とは言え若いころは寺社仏閣なんぞに興味はなく、それ以上の知識は、聞いたことがあるのかないのか、いずれにしても記憶に定着はしていなかった。

しかし、今日参拝してみて、その後もこのお寺で修行をした僧として、源信(恵心僧都)、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮ら錚々たる面々を輩出していると知って驚いた(調べたらもっとたくさん出てくる)。特に、これだけ多くの他の宗祖が含まれているということは大変なことだ。

それで、これも今日聞いたのだが、延暦寺は「宗教界の東大」と呼ばれているとか。

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Tuesday, September 27, 2022

コロナ雑感

【9月27日 記】 昨日銀座を歩いていたら、マスクをせずに歩いている人を何人か(つまり複数名)見た。

端的に言って、「あ、そうなのか」という感じ。僕自身は聞き流していたが、オープン・スペースを歩くような場合はマスクをつけなくても良い、みたいなことをどこかで聞いたような気がする。外国ではすでにそんな感じになっているとも聞く。

僕はてっきり、少なくとも自分が死ぬ頃まではマスクをせずに外出することはないのではないかと思っていた。それだけに、あ、そうなのか、という感じはある。

確かに至近距離で話しかけられたりするのではなく、外を歩いているのであれば、すれ違う人がマスクを着用していなくても、僕自身がマスクをしている限りはそんなには気にならない。

逆に言うと、僕自身はまだマスクを外す側にはならないということなのだが、しかし、自らマスクを外す側に立っている人がすでにいるのか、と思うと少し感慨深い。

良いとも悪いとも書いていないので、これを読んで「お前はどっちなんだ?」と思っている人もいるかもしれないが、どちらでもない。ただ、そういう人が出てきたのか、と思う。それだけ。

それは何かが変わってきた証拠なのかもしれない(し、そうでないのかもしれない)。

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Saturday, September 24, 2022

映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』

【9月24日 記】 映画『犬も食わねどチャーリーは笑う』を観てきた。市井昌秀監督。

市井昌秀は僕の好きな監督だ。特に映画『箱入り息子の恋』、WOWOW『十月十日の進化論』、映画『僕らのごはんは明日で待ってる』の3本が僕のお気に入りである。その後の『ハルチカ』はやや残念、『台風家族』は新井浩文の逮捕絡みで限定公開となったため見逃した。

いずれにしても、常にいろんなものがどんどん繋がってくる、目配りの効いた脚本を書く人である。この映画も例外ではない。

設定は他愛もないもので、夫の悪口を書く投稿サイト「旦那デスノート」で人気のチャーリーという投稿者が実は自分の妻であると知った夫の物語である。夫・裕次郎を香取慎吾が、妻・日和を岸井ゆきのが演じている。

裕次郎にこのサイトを見せたのは裕次郎と同じ職場(ホームセンター)に勤める簑山さん(余貴美子)で、彼女自身がそのサイトの実名投稿者だったのだが、彼女もこの時点ではまさか日和がチャーリーだとは知らなかった。

簑山さんが少し離れたところからキャスター付きの椅子に座ったまま裕次郎のところまで滑ってくるところとか、自分の休憩時間はおもう終わりだと気づいて席を蹴飛ばして出ていったら、蹴られたキャスター付きの椅子だけが手前に滑ってくるとかいう辺りが妙にリアルで妙に笑える。

そして、簑山さんが「もう5年も夫婦生活がない」と言ったら、同僚の若月(井之脇海)に「てことは、5年前まではやってたってことですか?」と言われるシーンも、単に客を笑わせるためだけのものではなく、後のシーンに繋がってくる。

この辺りがまことに市井昌秀である。

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Friday, September 23, 2022

Her Majesty

【9月23日 記】 エリザベス女王が亡くなって不意に記憶に甦ってきたのはビートルズの Her Majesty でした。

1969年発売のアルバム『アビイ・ロード』の最後の曲で、The End が終わった後しばらく無音が続くので、これで終わりかな?と思った頃にこの歌が始まります。当時は曲名が表記されていなかったので、世界初の「隠しトラック」という指摘を受けました。

ポール・マッカートニーがギター1本で歌っている、わずか 20秒ほどの楽曲です。

僕はこの歌で初めて、国王のことは His Majesty、女王のことは Her Majesty と呼ぶのだということを知りました。

この歌はまさにエリザベス女王のことを歌っています。彼らは 1965年に勲章をもらった際に女王に謁見してますからね。

本当は歌詞全文をここに引用したいのですが、全文を引用すると著作権法上の“引用”と認められない可能性があるのと、そんなものはググればすぐに見つかるので一応やめておきます。知らない人は歌詞を検索してみてください。

歌詞は表示されませんが、YouTube の動画(実は静止画ですがw)をエンベッドしておきます。

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Wednesday, September 21, 2022

最近の英語

【9月21日 記】 会社を辞める3ヶ月ぐらい前から、中学時代からずっと好きだった英語をもう一度学び直し始めているのですが、僕が中学生だった頃から考えてみると約半世紀も過ぎているわけで、その当時教科書に載っていた英語は今ではちょっと古臭いものになっていても仕方がありません。

逆に、今の英語では、昔の(日本の)英語の授業だったら間違いなく誤りだとされたものが、ごく当たり前の表現になっていたりします。

例えば、kind of の使い方。

昔の a kind of ~ は、「~の一種」「ある種の~」という意味にしか使われなくて、~の部分には当然名詞[句]が来て、その名詞[句]を修飾する形容詞的な使い方でした。それが今では a を伴わない形で副詞的に形容詞や動詞を修飾して、

You look kind of tired. ちょっと疲れてるみたいだね。
I kind of like that idea. その考え方、好きかも。

みたいな使い方をします。「少し」「幾分」「ある程度」「ある意味」みたいな意味ですよね。外国人、とりわけ米国人と英語で話していると、この kind of がめったやたらと出てきます。書いた文章にも出てきますし、ちゃんと辞書にも載っています。

sort of も同じような使い方をしますよね。単独で使うことも可能で、何か訊かれた時に、

Sort of. まあね。

なんて答え方もあります。縮まって kinda や sorta になっていることもあります。

でも、こういった表現、今は中学校で教えてるんですかね?

of の後に形容詞や動詞が続くのはどう見ても文法的には誤りですから、わりと理屈で教えている中学英語の現場にこういうのが入ってくると、教えるほうも教わるほうも混乱するかもしれません。

でも、これだけ使われているフレーズを教えないのもどうかという気がします。

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Tuesday, September 20, 2022

映画『夏へのトンネル、さよならの出口』

【9月20日 記】 映画『夏へのトンネル、さよならの出口』を観てきた。

僕は大体において監督で映画を選んでいるから、アニメについては自分があまり詳しくないので結構良い作品を見逃しているのではないかと思う。アニメを観ないわけではないのだが、監督についてはかなりの大御所しか名前を憶えていない。

そういうわけで、この作品の監督・脚本を務めた田口智久のことは全く知らなかったし、制作を担当した CLAP というプロダクションも初耳だった。マッドハウス出身の人が作った会社のようだ。

だからこの映画は全くのノーマークだったのだが、知人が褒めていたので観てみようと思った。

主人公の塔野カオル(CV:鈴鹿央士)が暮らす片田舎の町・香崎にウラシマトンネルの伝説がある。そこに行くと何でも欲しい物が手に入るがその代わりに100歳も年をとってしまう、というものだ。そのトンネルの入り口をカオルが見つけてしまう。

トンネルに入ってみて、カオルは死んだ妹・カレンのサンダル片方と、昔飼っていたインコを手に入れる。そして、本人はごく短い時間そこにいたつもりだったが、戻ってきたら1週間後だった。つまり100歳も年をとるというのは、トンネルの中では時間が早く流れているということだった。

そして、2度めにトンネルを訪れた時、カオルの跡をつけてきた(と思われる)転校生・花城あんず(CV:飯豊まりえ)に出くわして、2人はその謎を共有し、「共同戦線」を張ることにする。

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Monday, September 19, 2022

『ヴィネガー・ガール』アン・タイラー(書評)

【9月19日 記】 肩タイトルに「語りなおしシェイクスピア3 じゃじゃ馬ならし」とある。これはウィリアム・シェークスピア作品のリメイク・シリーズであるらしく、この本は『じゃじゃ馬ならし』の翻案であるらしい。

何となく惹かれて買ったのだけれど、しかし僕はシェイクスピアを読んだことはない。かろうじて2つの劇団で『から騒ぎ』と『真夏の夜の夢』を観たことがあるだけだし、それも随分前のことだ。

その上、このアン・タイラーという作家は全米批評家協会賞やピューリッツァー賞を受賞した上に、作品が何度か映画化もされている有名作家であるらしいのだが、全然知らなかった。

いやあ、知らないことだらけである。

でも、知らなくても全く困らない小説だった。巻末の解説を読んでいたら、「シェイクスピアを知らなくても楽しめるところが多く」という表現が出てきて、改めてほっと安堵した次第である(笑)

で、解説を読むとさらに知らないことだらけで、まず、原作の設定やあらすじが紹介してあったのだが、言われなければ2つの戯曲/小説の関連性に全く気づかないほど違う作品である。

さらに、研究者の間では『じゃじゃ馬ならし』は女性蔑視的な視点が強すぎると非難を浴びている戯曲なのだそうである。アン・タイラーがこの企画に取り組んだのも、シェイクスピアのこの作品が嫌いだから自分で書き直してみようと思ったとのこと。

いやあ、ますます知らないことだらけである。

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Saturday, September 17, 2022

映画『ブレット・トレイン』

【9月17日 記】 映画『ブレット・トレイン』を観てきた。

予告編を見て、なんでブラット・ピットが新幹線に乗ってるの?と思ったのだが、これは伊坂幸太郎の小説をアメリカ人の監督デビッド・リーチが映画化したものだった。

伊坂幸太郎は何作か読んだが、そんなにたくさんではないし、最近作は全く知らない。ただ、伊坂幸太郎原作の映画は結構観てきた。しかし、外国人がこれをどう解釈しどう作り変えるのかは想像のつかないところだ。

で、見終わって言えることは、これはケッサクだということ。そう、カタカナのケッサクが一番ふさわしい表現ではないかと思う。

てっきり東海道新幹線ののぞみ号かひかり号だと思っていたのだが、そうではなくて日本高速電鉄のゆかり号だし、他にも映画内にはたくさんの間違った日本のイメージ(物心両面)が散りばめられている。僕はこういうインチキ・エキゾチシズムが大好きだ。笑えるのなんの。

ストーリーは暗号名レディバグ(てんとう虫)のブラット・ピットがブレット・トレインに乗り込んでブリーフケースを盗んで次の駅で降りるだけという簡単なお仕事を引き受けたつもりが、車内には同じようにブリーフケースを狙っていたり、あるいは彼の命を狙っていたりする危ない奴らがうじゃうじゃいた、というお話。

こういうのは分類としてはクライム・アクション・ムービーと言うらしいが、まあ何というか、殴る、蹴る、刺す、撃つのオンパレードで、ゴリゴリの a gory movie だし、新幹線がこれほどまでにぶち壊されるとなると、日本で JR の協力を得て撮影するのは、そりゃ無理でしょうね(笑)

制作者はそんなことおかまいなしに、自分たちのブレット・トレイン、自分たちの日本と日本人を自由に捏造して、何の制約もないブチ切れ映像を見せてくれる。金かかってますわ(笑)

で、ブラット・ピットを含めて出てくる人物の強いこと。最終的に死んでしまう人物も結構いるが、死んだかと思ったら生きていたという人物も多いと言うか、いやはや、いくらやられても死なないのはどうなっているのか! ダイ・ハードどころではない。

あ、そうか、これ多分ダイ・ハードを意識してるね。レディバグはいつも「俺は不運を背負ってる」みたいなこと言ってるし。

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Friday, September 16, 2022

【note】ブログを書いていると言うと何故か外国人が感心してくれる

【9月16日 埋】 ここ2か月ほど、note に投稿した記事をここに貼り付けるのを忘れていた。まあ、全てここに貼り付ける気もないけれど、久しぶりに1つ貼っておきます。

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