Monday, April 23, 2018

復掲『痔瘻物語』

【4月23日 記】 1月一杯で閉めたホームページに掲載していた文章をいくつかこのブログに再掲しているのだが、ひさしぶりにまた一遍上げた。

山川詠輔名義で書いた体験談『痔瘻物語』である。

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Sunday, April 22, 2018

スチュワーデス

【4月22日 記】 出張で飛行機に乗ると時々思っていたことなのだが、スチュワーデスという言葉はどうしてなくなったのだろう?

それで、一昨日出張から帰ってから調べてみたら、アメリカの所謂 Political Correctness の流れで性差のない語である Flight Attendant に改められたと言う。

でも、Flight Attendant(日本では Cabin Attendant、「CAさん」)って割合つまらない表現ではないか。翻訳すると「機内接客係」「客室介添人」? まあ、もうちょっと日本語らしく意訳すると「添乗員」「客室乗務員」というフツーっぽい表現になる。

子供のころ、女性はスチュワーデス、男性はスチュワードと教わって、ふーん、面白いなあと思っていたのが、中学に入って英語を習い始めて、なるほど God と Goddess の関係と同じか!と大いに感心した覚えがある。

何よりも、スチュワード、スチュワーデスというのは飛行機でしか使わない表現であることが飛行機に乗ることの非日常的な感覚を高めていたように思う。

そう、そもそも飛行機に乗ること自体が、あの時代は非日常的な体験だった。

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Saturday, April 21, 2018

『ラ・ラ・ランド』

【4月21日 記】 かなり遅まきながら、WOWOWで録画しておいた『ラ・ラ・ランド』を観た。

公開直後ならともかく、これだけヒットして賞も獲って評価の定まった作品を、今さら僕がとやかく書いても仕方がないような気がするので、全体像ではなく部分的に思ったことを書く(笑)

まず、直接この作品と関係ない話から入る。

近年、舞台公演を撮影してそのまま映画館で上映するイベントがあるが、僕はこの手のものは観ない。舞台というのは観客が自分の目で、自分の視点で自由に芝居を見るものである。それをカメラで切り取られるのは、とりもなおさず観客の自由度が制限されることを意味しており、それはつまらないと思うからだ。

大体において僕は台詞を言っていない側の俳優のリアクションを追っていたりする(いや、芝居だけではなく、映画なんかでも台詞を言っていないときの出演者がどんな表情をしているかを見つめていることがある)。

そういうところが鑑賞の面白さなんだから、それを自分たちのカメラで独善的に切り取ろうとするのは無粋だと思うのだ。

ミュージカルというものはそもそも舞台芸術であり、舞台いっぱいに繰り広げられるパフォーマンスは、全体が綺麗に構成されているがゆえに(つまり、端のほうの出演者もちゃんと歌ったり踊ったりしているわけで)、見るべきところはたくさんあり、だから、自分の目で選んで観たいのである。

そういう意味で言うと、この映画の場合(というか、こういう類の映画は往々にして)そのせっかくの全体表現であるミュージカルの一部分を切り取ってしまうことになるのだ。

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Friday, April 20, 2018

名前をつけることが人を動かす

【4月20日 記】 このところセクハラ財務次官のニュースで持ちきりである。

で、この事件と報道をきっかけに、「実は私もそうだった」という現役のあるいは元記者の女性たちの証言たちも出てきた。そして、その一方で、放送局のほうも「スケベ親父には女性記者をあてがっておいたほうが情報が取れる」と思っていたに違いなく、そこからしてセクハラであるという批判も出てきた。

そんなあれやこれやを見ていて、ふと思ったことがある。

セクハラというのは別に昨日今日始まったことではない。大昔からあったはずだ。というか、大昔からあって、でもそれは男なら許されて女なら辛抱するしかない当たり前のことであり、別段問題にもならないことであったはずだ。

それが問題になるようになったのはもちろん時代が移り社会が変わったからだという言い方もできるのだが、僕は誰かがこれにセクハラというネーミングを与えたことが非常に大きかったのではないかと思うのである。

名前があるから人は初めてそれをひとつのまとまった概念と捉えて観察したり分析したり批判したり改善したりできるのではないだろうか。

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Tuesday, April 17, 2018

自分の映画評を考える

【4月17日 記】 ああ、あの映画はひどかったなあ、と不意に思い出して昔書いた映画評を繰ってみると、それほど貶していなくて意外に思うことがたまにある。

ま、それもそのはずで、一応僕はどんな映画でも無下に貶さないことを心がけている。これはどうも今イチだな、とか、いやあ、これはさすがにひどいなあ、などと思っても、一生懸命褒められるところを探して書いている。

自分でそんなことを心がけていながら、自分の過去記事にボロカスな表現を求めるなんていかにも矛盾している。

しかし、こういう可能性もある: 観た直後はそれほどでもなかったのに、ときが経つにつれて悪印象が募ってきたのだ、と。

確かにそういう作品もあったと思う。でも、「この映画は観ている最中から沸々と嫌悪感がわき上がってきて、見終わった時の幻滅感もはっきり憶えているぞ」という映画であってもやっぱりあまり貶していないので、まあ、必死で抑えたケースもあるということだ。

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Sunday, April 15, 2018

映画『娼年』

【4月15日 記】 映画『娼年』を観てきた。

『ボーイズ・オン・ザ・ラン』『何者』──この2本を挙げただけで三浦大輔が如何に力量のある映画監督かが分かる。だが、この人が性をメインのテーマにしたときはひどい。

「ひどい」と書いて誰かの怒りを買うのであれば、「僕とは到底合わない」と書き換えようか。何であれ『愛の渦』を観て心底げっそりした。人間の生におけるセックスの位置づけ、性の倫理観が決定的に僕とは相容れない。

だからこの映画も見ないでおこうかと思ったのだが観てしまった。やっぱり「ひどい」と言いたくなる。何というか、違うんだな。うん、違うとしか言いようがない。

最初に書いておくとこの映画には石田衣良の原作小説があり、映画と同じ三浦大輔演出、松坂桃李主演で舞台化もされて大ヒットしたのだそうだ。僕は原作も読んでいないし舞台も観ていないので、原作がひどいのか脚本がひどいのか、それとも映画の演出がひどいのかは分からない。

ああ、ゴメンナサイ。ひどいんじゃなくて僕と合わないという表現にしよう(笑)

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Saturday, April 14, 2018

bit.ly 再設定

【4月14日 記】 Google が URL短縮サービス goo.gl をやめると発表したので(ま、まだ最終的な終了まで時間はあるのだが)、また bit.ly に戻すことにした。昔使っていたサービスでずっと Chrome に拡張機能として入れていたやつだ。

ところが、いざ使おうとすると、拡張機能の設定までは何の問題もなくできたが、twitter のアカウントに連携して、さてつぶやこうとするとこれがシェアしてくれない。

まず会社の PC でやってみて失敗し、しばらく放っておいたのだが、今日ふと思い立って家の PC で試してみたらやっぱり失敗する。どこが悪いのか分からない。Chrome、bit.ly、twitter のそれぞれの設定をいろいろ触ってみたがダメである。

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Wednesday, April 11, 2018

『十代に共感する奴はみんな嘘つき』最果タヒ(書評)

【4月10日 記】 僕は映画『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を観るまで最果タヒの存在を知らなかった。痺れるようなタイトルである。映画そのものが一遍の詩のような世界だったので、その原作者に(しかも、その原作が詩であったのでなおさら)興味を覚えた。

タヒってなんて変な名前だ、と思った。本人が何を思ってそんな名前をつけたのか知らないが、僕が連想したのは「死」という漢字だ。そこから「一」を取り除くと「タヒ」になる。最果ての地での死から一を減じた詩人。僕は何かを読まずにいられなくなった。

Kindle 版が出ている作品で選んだらこれだった。で、読み始めて初めてこれが詩ではなく小説だということに気づいた。ああ、小説も書く人だったんだ。

読み始めてすぐに思ったのは、この作家、デビュー時の綿矢りさよりも言葉が切れるな、ということ。

一人称で語られる主人公・唐坂カズハは女子高生。感覚が鋭敏で、思いばかりがつんのめって、言葉が脳内に溢れ返って、必死で背伸びする老成した甘ちゃんで、制御できない思いを抱えていて、でもそれほど必死にもなれない、矛盾だらけの存在。

その彼女が語る言葉は、大人の読者の目には女子高生の幼稚な思考に見える。自分にもこんな面はあったと自覚しながら、ちょっと嫌な感じにもなる。

全てが否定から始まる──何にでもそんなに目くじらを立てていると、それはあまりに窮屈ではないか、と思いながら読み進む。

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Tuesday, April 10, 2018

読書を巡るあれこれ

【4月10日 記】 近年、本を読む量がめっきり減った。読書のスピードが落ちたのではない。読む時間が減ったから読む量が減ったという当たり前の現象である。

僕はもう何年も通勤電車の中でしか本を読まない(本と言っても基本は Kindle なのだが)。それも帰りの電車だけである。行きは新聞を読んでいる(新聞と言っても電子版なのだが)。

で、今の家に変わってから電車に乗っている時間が短くなった。読める時間は1日約20分である。

とは言え、今までに住んでいた家と比べて激減したわけではないし、今の家に変わってから一気に読む量が減ったわけでもない。読もうと思えば他で読む時間を作れないわけでもないわけだし。

でも、他人事みたいに言うと、要するに読むがなくなったのだな、とも思う。でも、全く読まなくなったわけではなく、読むという行為は不断に続けているので、結局のところ読みたい本が減ったのかな、とも思う。

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Sunday, April 08, 2018

映画『クソ野郎と美しき世界』

【4月8日 記】 映画『クソ野郎と美しき世界』を観てきた。

“新しい地図”の稲垣吾郎、香取慎吾、草彅剛の3人が主演する4話のオムニバス。2週間限定全国公開という奇を衒った公開の仕方は、「2週間で終わっちゃうよ」とファンを煽るためとか、興行的に失敗しても「2週間だから仕方がない」と言い訳できるからとか、いろんなことを言われている。

映画館にはやや年齢が高めの元ジャニヲタ(この「元」は「ヲタ」ではなく「ジャニ」に掛かる)女性が過半。でも、僕みたいに監督目当てで来ている人もいたのではないだろうか。

オープニングの(CMでもよく観た)、激しく複雑なリズムをバックに歩く人の背中を次々と映し出す、とても素敵な映像。この部分は誰が撮ったんだろう。

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Saturday, April 07, 2018

iTunes が iPad を認識してくれない & iTunes がインストールできない

【4月7日 記】 久しぶりに PC に深刻なトラブルが発生した。iTunes である。

ここんとこなんかアップデートしようとするとエラー・メッセージが出たりして様子がおかしかったのだが、「そうそう iPad Pro を買ったから一度 PC にもバックアップしとこ」と思って繋いだら、iTunes は iPad を全く認識してくれない。

念のため、iPhone を繋いでみたら、ありゃりゃ、こないだまで何の問題もなかったのに、これも全く認識してくれない。

コントロールパネルから iTunes の「修復」も試みたが全然効果なし。

そうなると再インストールするしかあるまい。iTunes をアンインストールして、ネットからインストーラをダウンロードして、いざインストールしようとすると、これがインストールできないとのエラー・メッセージ。

なんじゃ、そりゃ? というか、これまずいよね。だって、アンインストールした後だもの。

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Thursday, April 05, 2018

名にし負はば

【4月5日 記】 妻が長命寺の桜餅を買ってきたのだが、その包の中にあった解説を読んでいてはたと気づいた。

そうか、言問橋、業平橋という名前を何度も聞きながら、僕の頭の中では今の今まで「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」という歌と、作者である「在原業平」という名前に結びついていなかったのだ。

これは古典文学の中でも僕が大好きな『伊勢物語』に出てくる歌で、もちろん歌も暗記しているし話の内容も憶えている。それでも「言問」が「いざ言問はむ」と結びつかなかった。痛恨の極みである。

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